2023年8月30日に敢行した、レンコン町・竹田散策。この日のネタで記事にしてるのは、川下隧道(濁淵隧道)、満徳寺参道の石橋。今宵ご紹介するのはそれらよりも前、序盤に訪ねた物件。
あのカーブの先にあるはずだ…。
はい、ありました!
デカい岩をズドーーンとぶち抜いた隧道!現在地はこちら。
扁額や銘板はなし。
なんかこの上、かつて崩れたことありそうな?洞内コンクリ部分もガッツリ補修済み。
さっそく入洞…したらば、
そう長くないのに、なんか目まぐるしい変化。そして激しい違和感。ウソやん、アレってまさか…
そのまさか、マジだったさ!
隧道内に、石垣?こんなん見たことなーーい。
振り返り。
反対側…つまりこの写真右側の側壁は、普通のコンクリ壁。なんじゃあこりゃあ。
坑口手前から、改めて「隧道内石垣」を。
これ、打ち込み接ぎかな?上部は平らに整形されていて、そこに載るコンクリートアーチとのマッチングを見る限り、もともとこういう造りだったように見える。凄いなこれ。
ストビューを貼っとくので、よくよくご覧あれ。
なっかなかの見モノですぞこれ。
凄いといえば、もういっちょ。
抜けて振り返ったこの景で、またしても。なんじゃあこりゃあ!
坑口のロックシェッドはともかく、隧道すぐ脇にあるのは…
これも「ピンポイント型」とでも言うべきロックシェッド。…って、その上!
デカい穴ぁ、開いてるぞ!
まさか、旧隧道…イヤイヤイヤイヤ、さすがにそれは。
しかし、気になるなあ~。
さすが、竹田の隧道。こんなクセつよ隧道がさほど有名でもなく、さりげなく転がってるなんて。
ちょっと引きで見ると…
手前には神社、そして脇には新トンネル!なんかもう、情報量が凄い~。
ここでちょっと、よろしいでしょうか(笑)。
最初は、「あの新トンネルの工事の際に旧隧道側壁に干渉したため、ああいう石垣仕様になった」のかとも思ったけど、いかんせん、見るからに新しいあのトンネルと、あのクラシカルな石積みでは全然時代が合わない。よって、あの石積みがオリジナルかどうかは定かでないとしても、新トンネルは関係ないだろうと思われる。
ちなみにクセつよ旧隧道、データはこうなっている。
①平成16年度道路施設現況調査
建設年次:昭和34年、延長:35m、車道幅員:4.5m、有効高4.5m
➁道路トンネル大鑑(「山形の廃道」様ご提供の隧道リスト・昭和42年)
竣功年度:昭和13年、延長:35.4m、車道幅員:4.6m、限界高:5.5m
スペックはさておき完成時期がかなり違う。
で、普通に考えれば、竣功が昭和13年で、素掘りから現在の姿になったのが昭和34年…って思えるのだが、➁ですでに「覆工済み」となっていて、意外や当初から素掘りのままじゃなかったらしい。昭和34年は、覆工が更新されたタイミングだったのかもしれない。
ついでなんで、
新トンネルも紹介しておこう。
お名前は、
「新山手トンネル」。従って先ほどの隧道はその旧隧道、その名も山手隧道である。
珍しい、御影石の銘板。
見にくいが、2001年8月と刻まれている。見た目どおり新しい。
洞内も、このとおり。
まだまだピカピカだ。
余談だが、並列する新旧トンネルだが、旧は大分県道8号竹田五ヶ瀬線、新は大分県道135号高森竹田線と、路線が違えば(最初のほうの写真でわかるとおり)抜ける先も違う。これもユニークなとこだ。
ここは地図上の隧道表記を見てきただけだったけど、思いがけないクセつよ隧道にテンション上がった。いや~よかったね。
以上。















