昭和橋 (東京都新宿区上落合~中落合) | 穴と橋とあれやらこれやら

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初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

約4ヶ月の東京暮らし。2023年1月12日の新宿ダウンタウンお散歩の序盤に訪ねた橋をご紹介。この日のネタでご紹介しているのは、最終物件の宮田橋

 

 

タメなく、ドン。

現在地こちら。この23区内市街地にあっても、時々こういう古めかしい橋が残ってるのがいい。

 

 

 

 

右の親柱には橋名。

「昭和橋」。

 

 

 

 

左の親柱。

「しょうわはし」。

 

 

 

 

橋上からの眺め。

こちら上流側。ちなみに河川名は妙正寺川。

 

 

 

 

で、こちら下流側…たぶん。

こういう都市部の河川って、どっちが上流だか下流だか、わかりにくいよね~。

 

 

 

 

下流側高欄の全景。

なかなか素敵だ。

 

 

 

 

この親柱意匠も。

経年の渋みを感じる。いいね。

 

 

 

 

渡っての正対。

残念ながら、親柱情報が反対側と同じ…すなわち漢字と仮名での橋名だった。お誕生日こそ知りたいのにぃ。

 

 

 

 

だが待て!

証人候補キターー!!

 

そう、橋のたもとに橋の紀念碑らしき石板が立ってるではないか!コレだ。

 

 

 

 

ところがドッコイ(これって死語よな)

「昭和橋紀」の途中までしか見えない中途半端な埋まり方で遺された紀念碑、表には他に何の情報も刻まれておらず、

 

 

 

 

ほぼ観察不可能な裏面は、

フェンスの影が写りこんで地獄のように見にくい!

 

でも見たところ内容は寄附者芳名だけで、左下に「昭和」という文字は読み取れるものの年号まではわからず。アカーーン。

 

帰って調べてみた。新宿区橋りょう長寿命化修繕計画によれば、架設年次は1937年、つまり昭和12年とのこと。12年も経って年号の名前を冠するっていうのは、どういうことだったんだろうか。もしかして年号関係ない?

 

ちなみに上流側には、1939(昭和14)年架設の「大正橋」もある。年号と関係はありそうだけど、架設時期とは無関係っぽいですな。

 

 

 

 

最後に、下流側よりサイドアングル。

これ…もしかしてラーメン橋か?長寿命化計画では単に「コンクリート橋」とされているだけだが。どうだろうか?

 

 

気になりつつ、次の橋へ。

 

 

 

以上。