2026年5月21日、初の香川!とちょこっと愛媛徘徊1日目、早朝に訪ねた物件をご紹介。
いきなり、ドン。
見るからにアヤシイ橋だが、けっこう楽しみにしてきた。現在地こちら。
特に…
あのあたりがけしからんね。
ではさっそく、失礼して…。
滑り止めの付いた敷き鉄板の床版。仮設感が凄い。が、低いながらも地覆が設けられているところから、こう見えて仮設じゃなさそうで…。まあほぼノーガードだ。
橋上からの景。
こちら上流側。
けぶる朝靄。時刻は5時45分。
ちなみに川の名前は、たぶん浜堂川。
そしてここからが見どころ。
敷き鉄板から変化して、一径間だけコンクリ板敷きに。
そしてその先が…
四径間にわたる、石桁橋!
これはなかなか凄い。この石桁パートだけで、以前記事にした呼崎の総石造桁橋と同レベルの規模ですぞ。
ただ、呼崎のは桁石が横置き。
こちらは縦置きと、テイストが全然違う。
渡りきって振り返り。
いや~実に頼りない。誰も守ってなさそうな通●●止、徒歩なら問題なさそうだけどバイクとかでも控えた方がよさそうだ。
こうして見ると、
橋長の半分弱くらいが石桁なんですな。
とりあえず、この橋はいつごろ架かった橋なのか。
当然知りたいのだが、わかっていない。この橋はQ地図様でも記載がないのだった。そもそも、元は総石造だったのだろうか。ある時期に流失してこういう感じに?
実はこの橋はこの朝二番目に訪ねた橋なんだが、この直前に訪ねた朝イチ物件はここの300mほど上流で、それが大正5年完成の石橋。てことは、同じ川に架かるこの橋も、同時期のもの?と思いたくなるんだが、そう単純な話ではなかった。
今昔マップを参照すると、1896年~1910年の地図では今とは浜堂川の流路が違い、なんとこの位置に川自体が存在せず、従って橋も存在しない。さらに残念なことに、それ以降の古地図が掲載されていないため、架橋年代の推測もできず。
けど、昭和に入って石桁橋を新たに架けるというのはいかにもない話(ついこないだ見た理論展開)。この1910(大正元)年までの地図では載っていないが、その直後、大正前期ごろには河川改修が行われて架けられた…のではないかな。そうでなきゃ時代考証的に整合性がおかしなコトに…。
そして案外、
石桁部分が元の橋長で、後のさらなる河川改修で川幅が広がった結果の今の姿、なんてのも案外なくもない。
例によって、妄想オンリーなクソ記事だけど、
とりあえずは早いとこ記事にしたかったので、調べもそこそこに発表した。ご容赦あれ。
先日記事にした、この遠征2日目の口船隧道と同様に、奇しくも「完成時期がハッキリしないが時代考証的にこの頃よね?」的物件をお送りすることとなった。
ただ、それなりに業界ではメジャーな口船隧道に対して、今回の橋はかなりマイナーであり正式名称さえ不明、同好の士でこれを採り上げているサイトなども見つけられていない。
ちなみに、朝イチ訪問の300m上流石橋は、それなりにレポートが見つかる。そうなりゃ、誰もやってない方を紹介しますわな。ねえ。
最後に、下手なのにスキあらばやってしまう、花を入れてのショットを。
これ、なんて花でしたっけ?
以上。













