朱門前の石橋(鹿児島県霧島市国分中央) | 穴と橋とあれやらこれやら

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初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2020年4月2日、鹿児島出張最初の休み。この日のネタで記事にしてるのは、稲荷川橋梁とオプション旧行屋堀の石造水位計浜町の埋没謎ポータル

 

今宵ご紹介するのはこれらより後、霧島市へ移動してからの物件。

 

 

 

いきなり、ドン。

たまには石橋王国・九州らしい石アーチ橋をご紹介!場所はこちら

 

 

 

 

高欄もすべて石!

スパンドレルは切り込み接ぎ?

 

 

 

 

アーチ環もいささかの綻びなし。

コンディション極上ですな。

 

 

 

 

正対して1枚。

正面階段を上がった先は国分小学校で、この一帯にあった舞鶴城跡地にあたり、このお堀と石垣、そして石橋(西側にもう1本ある)が、かつての城跡をしのぶよすがとなっている。

 

正面の門は「朱門(あかもん)」と呼ばれていて、舞鶴城内陣の門だったもの。いったん他所に移設されたものの台風で倒壊、昭和50年にこのゆかりの場所に修復復元されたという。

 

 

 

 

親柱はあるものの、

何も刻まれていないっぽい。なので、この記事タイトルとなった。

 

 

 

 

渡って石段より見下ろし。

手前に敷いてあるこういう石、なんて呼ぶんだろう。粗く溝が彫ってあって、滑り止めみたいな意匠になってるやつ。これまたいいな~。

 

 

 

 

関西に住んでると。こういう石アーチ橋にはそうお目にかかる機会はない。

こういうのが市街地の小学校前にあって、駅から歩いて訪ねられるなんて、九州クオリティを感じた。

 

 

 

 

最後に、お気に入りの1枚を。

イイねえ~。

 

 

 

 

おまけ。

付近に立つ、朱門の解説。先ほど書いた情報は、もちろんここからの引用でございます。興味ある方は拡大して読んでね。

 

 

この後歩いて日豊本線国分駅へ戻る道すがらには何も拾えず、結果的にこれがこの日最後の物件となった。

 

 

 

以上。