【8】より続く。
洞内中央近く…になるのだろうか、
尋常でないほどの段差が現われた。…伝わるかなあ。
高さは、
1mほどもあったんじゃないかなあ。
それを乗り越えると、まるでそれに呼応するかのように
天井がドーンと高くなった。
これはもしかして…両側から掘った結果の、坑道の不一致の痕跡なのか?上下にずれてしまったために、無理くり掘り下げて合わせたから?
真実はわからない。そもそもこの立地で、両側から掘り進めること自体が至難なことだったとも思うし、果たして。
そこからは、大口径の…
いや、かな~り縦長の断面が坑口手前まで続いてるようだ。
振り返りだとよく伝わると思うのだが、
なんだこの穴!?
とんでもないな…。これもう、天然の洞窟といわれても納得しそうな感じ。ちなみに中央付近に見えているのは、入ってきた方の明かり…の反射。
そしていよいよ…
奥地側の景が見えてきた…が、この隧道、これだけでは終わらなかった。
最後に待っていたのは、
ほぼ洞床全面にわたる、えげつない深さの…水たまり。
これもう、プールと呼んでも差し支えないだろう。深さは、長靴など余裕で死ねるレベルで、たぶん股下くらいまであるんじゃないかなあ。
最初からこうだったのか、あるいは長年の水流によってこうなったのか。そう、やはりここは人を通すことを主目的とした隧道じゃないようだ。本当に通していたのは水流と、そして…。
奥地側、鉄板の構図。
さて、果たしてどのような景が待ち受けているのか?
…の前に、最後にもうひと転がりあったんだな。
まさに坑口の位置、左側壁に
非常~に意味ありげに穿たれた刳り抜き穴が。
最初のひとつに気づいた時は、何かを置いていたスペースなのかと思ったが、上下に二つあった。
むむむ!?と反対側(右側)を見てみれば、
やはり二つの刳り抜き穴。
しかもこちらには、外側(写真だと穴の左側)に、なんらかモルタル?セメント?三和土?的なものが残っていた。これは…なんだろう。
穴については、なにかを差し渡すためのものだったのかな?一方モルタル的なものはどういう由来なのか、気になる。
ようやく抜けましての、振り返り。
いや~、非常に刺激的な隧道だった。延長は…どうだろう。70mくらいかなあ。
で、抜けた先の景は、こういうものだった。
すぐそばに池郷川、すぐ上流に立派な堰堤。
隧道到達で大満足のわたくし、あの堰堤にさえも行かなかった。せめてあそこまでは行ったら良かったな~と今さらながらに思ったりはしている。
沢屋さんたちはあの堰堤も軽々と越えて、ドンドコ遡上して行かれるようだ。ちなみにあれ、登れるようには見えないだろうが、左右に巨大なステップがあって、そこから登れるのである。それもけっこう怖そうだけども。
決死の思いで断崖絶壁をへつってきたのに、こちらは川面までこの近さ。その意味するところはひとつ。パスしてきた区間に大きな滝があるということだ。それこそが不動滝である。
上の写真で視線を右へと移していくと
ギュッとすぼまったゴルジュ、そしてその先が、不動滝の落ち口に違いない。
見てお分かりのように、とてもわたくしの装備では行けない。結局不動滝をこの目では見ることはなかった。残念ながら。
さて今回の隧道、何度か書いているように、どう見ても人車の通行のための隧道ではない。どうやらこの隧道、林業盛んな時代に上流域からの材木搬出のために使われたもののようである。上の写真の狭いゴルジュと不動滝をパスするため、恐らくは川をせき止めて水をこの隧道に導流し、そこに材木を流したものと思われる。
そうなると、隧道まで辿ってきたあの死亡遊戯的な道は、どういう道だったんだろう。元々は隧道掘削のための作業道だったんだろうか。あれがなけりゃ、そもそも掘り始められなかっただろうし。隧道完成後は、筏道として使われたとか?
ところで、上の写真をもう一度よく見ていただきたいのだが、対岸の岩盤にもいくつか、刳り抜き穴が見られる。あれもすっごく気になる。川のせき止めに関連するものか、もしかして古の筏道、木製桟橋の痕跡だったりするのか…。
隧道と道を含め、とにかく情報に乏しいこれら一連の遺構。唯一の頼みは、【序】で書いたようにORJのみ。連載が終わったら早速購入して読んでみたい。
堰堤側から引きで見た隧道。
反対側とのギャップが凄い。
【10】に続く。
さて、これ以上何を書くというのかね?(笑)。