2012年1月8日、第三次鎌倉探索。この日のネタで記事にしているのは笛田の水道管隧道。今宵ご紹介するのは、その笛田の水道管隧道の次に訪ねた物件。
確かこの日もレンタサイクルを借りたはずだが、
ヘタレなわたくしに、こんな坂が登れるはずもなく(笑)。ずっと押しだったはず。アシストが付いてないチャリには向いてないよ、鎌倉…。
こんな坂のてっぺんに、
ありました~、今宵のお題。現在地コチラ。
現地では扁額も銘板もないのでお名前などわからなかったのだが、帰って調べた結果「三和(サンワ)隧道」と判明した。
「平成16年度道路施設現況調査(国土交通省」によるスペックは、延長66m、幅員3.4m、有効高3.2m。建造は平成4年とある。ビジュアルもそれっぽいが…
これはおそらくウソだ。
ここに来るまでの道も狭かったが、
隧道内もコレモン。
スペックにある3.4mという幅員は、歩行者帯をも含んだものだと思われるが、逆にこの幅員で歩行者帯を確保したところが、生活隧道ならではなのかなと。
洞内は全面的に
波型ライナープレートで巻かれている。つまり、隧道の素性を知るための情報が得られない。
平成4年建造というのは、おそらくこのプレートが巻かれた改修のタイミングを指すんだと思われる。なぜならば、今昔マップを見ると、
遅くとも、1965年~1968年の地図にはここに隧道が描かれている。その前の年代の地図がいまいち正しいのかどうかわからないのだが、昭和初期にはあったんじゃないかなあ。しかもこの隧道、現在とはじゃっかん坑口位置が違っているような?誤差の範囲だろうか?
抜けて、極楽寺側。
ビジュアルはさっきと同じく特に見るべきものはない。おそらくもともとは鎌倉スペック…つまり素掘りだったのじゃないだろうか。
それよりもこの極楽寺側…実に悩ましいのよね。
上の写真で坑口向かって右に…なんかあるとは思えないでしょ?
でもね…
おいおいおいおい。
なんなんだよ…あの小さな矩形断面は…。
向かって左にも…
いやっ気になるだろうが!オーイ!
先ほど書いたように、今昔マップで見る隧道は現在のものと少し角度が違うように思える。しかるに、鎌倉は房総と同じくあっちこっちに穴があるし、その中には「やぐら」と呼ばれる中世の横穴式墳墓も多数。なので即「旧隧道か?」とは言えないんだが、まあモヤモヤする。
モヤモヤさせたまま、終わるんだけどね(笑)。
最後に、おまけ。
隧道を極楽寺側に下っていくと、ひときわ狭い区間があった。
これはちょうど車をやり過ごしたところだが…あそこのブラインドコーナー(カーブミラーなし)も含めてスパルタンですなあ…。せめて溝蓋くらいしてあげたらどうですか?(笑)
以上。








