【6】より続く。
11時45分。
二つめの「ちゃんとした橋」が登場。
上の写真左端に写りこんでるのは、
おぞましい廃道と化した、林道?作業道?の入り口。地理院地図にも載っている道だが、完全に死んでる。
この橋、桁の間に
他では見たことないほどの大きな隙間があった。
二輪車だと命取りになるレベルだと思うけど…放置っすか?
11時49分。
土日山荘以来の、建物。ここには人の気配があった。
11時52分。
パッと見、なんにもなさそうだろうが、これ下に暗渠を通して谷を跨いでいて、左手には旧道が残っていた。
で、その旧道は
洗い越しで谷を渡っていた。
洗い越しが落ちてるあの石積み堰堤?、なかなか年季が入ってイイ感じ。
そのすぐ先で、
町道はガッツリ崩落して、山側にダートの迂回路が通されていた。いつの崩落かはわからないが、これ以上に手が入ることはなさそう。
12時2分。
気付けば、西谷川はいつしか徳山ダム湖のバックウォーターへと変貌していた。
そんな新たな局面で
目前に見えてきたのは…この町道で初めて現れた、大型の土木構造物。
けっこう規模の大きな、ロックシェッドだった。
もちろん先人の記事でその存在は認識していたが、久々のオプションにテンションは上がった。
きっと、
この鉄骨造部分以外は後付けなんだろうな。
これも先人の記事で見たとおり、
洞内には自転車やらバイクやらがたくさん放置 留置?してあった。まずは2台。
出口近くには、4台のバイクがあった。
抜けて振り返り。
延長100m以上はあったんじゃないだろうか。
銘板があった。
立石谷ロックシェッドというお名前。まあ山神さんの記事のおかげですでに知ってた情報だけども。
昭和58年に現在の姿になったということだと思うので、最初の鉄骨パートはさらに古いと思われる。見たとこ、昭和三十年代後半くらいじゃなかろうか。
で、立石谷ロックシェッドを抜けてすぐ。
二つめの「全面通行止め」区間が現れた。
今度のは
こんな短い区間だが、ここ最近に手が入った様子はなさそう。まあ当然か。
さらにこの全面通行止め区間の先、12時7分。
あれは…くたびれたAバリと…なにやら標識?か?
【8】に続く。


















