【2】より続く。
渡り切った先、
木曽川対岸は瑞浪(みずなみ)市となる。
けっこうな達成感を感じつつ(笑)振り返って望む。
訪問時間の関係で日陰となるこっちは暗く、鬱蒼とした雰囲気。
悪くないねえ~。
この瑞浪側は、
アンカーレイジがすぐ脇の地面(岩盤)にあり、これもまた八百津側とは異なる印象を受ける。
いや、悪くないねえ~。
道は、橋詰を右方向へ向かう。
そう、県道ですよ(笑)。
この先、県道から外れて進んでいった先に、有名な廃墟がある。
ご記憶だろうか、
以前の記事で出した、この写真。
これは「いさまつ」という、80年代頃までは営業していたというお店の廃墟である。
有名物件だけにググればいっぱい記事が出てくるが、「料亭」「小料理屋」「茶屋」と、書かれ方はいろいろ。ここに、五月橋の瑞浪側からしばらく歩けば行けるらしいのだった。
廃墟探索はわたくしの営業範囲外ゆえ、「いさまつ」に行くかどうかは決めておらず、どっちかって言うと行かない感じ(笑)だった。
のだが。
ヒョロイ県道を見ているうちに、せっかくこんなとこまで来たんだから、まあ行ってみるか、という気持ちになった。
が…わたくし、甘く見ていた。
橋のたもとから進むことしばし。
ここで分岐が登場。おいおい、聞いてないよ(笑)。
上を行くのが県道だと思うのだが、ここでわたくしは下の道をチョイス。コレがダメだったのか?
下の道を進んでいくと、
道はさらに下へ。
この極小半径のヘアピンは、近代車道じゃないよなあ…。正直、「いさまつ」よりもこの道が気になった。
このヘアピンカーブにより、方角的には五月橋のほうに戻る感じになっている。けど、最終的にはこの道で「いさまつ」に行けるのだとも思っていた…この時は。
この感じもまた…。
石積みの上は、ヘアピンで折り返す前の、先ほど歩いてきた道。さらに上の石積みは、県道のもの。
ここらの道の成り立ちは、かなり興味深い。もしかして、この道…。
そしてここでついに、
あの「石組みの水抜き穴」を至近で観察できる機会に恵まれた!
もちろん、のぞいて見たさ(笑)。
うん、やはり土砂が詰まって機能しなくなっているが、やはり手のかかった立派なものだった。
それはいいのだが、この道…
五月橋のけっこう近くまで折り返したあたりで、道がふっつりと無くなってしまった!なんじゃそりゃあ!
もはやこの道で「いさまつ」に行けるとは思えなかったが、それはもうどうでもよくなっていて(笑)。
古色蒼然とした線形と土工、そしてこの突然の「消失」。
この道…もしかして現・五月橋架橋前の、旧橋に通じていた道じゃないのか?
と思った。その「消失点」には橋の痕跡は見つけられなかったけど…。でもそう見るのがしっくりくるしなぁ…。
…で。
はい、当然ながら
「いさまつ」行きはヤメました(笑)。
たぶん、水没はしないだろうし、縁があればまたの機会もあるだろう。
9時56分、撤収開始。
これより帰投作戦に移行する。
予想していた方もおられましょうが(笑)、動画を録っておりましたので、ご覧くださいまし。ボリュームをデカめにしていただくと、グレーチングの音が聞こえて臨場感を楽しめますぞ(笑)。
ちなみに、動画を録りつつ渡ると怖さ半減でしたぞ(笑)。
あとは、
10時10分、
国道418号線に復帰。
10時25分、
またいつか、な。「いさまつ」よ。
10時48分。
おっ、おっ、おむすびなんだな(寿さんすんません・笑)
コンビニおにぎりを持参していたのをここへ来て思い出し、石積み土留めをオカズにいただいた、の図でございます。
10時50分。
…。
見なかった。わたくしは何も見なかった(笑)。
そして、11時01分。
待たせたね、ノートさん!
お気づきのとおり、五月橋への「県道別れ」から先、笠置ダムまでの「実質廃道区間」の残りは手つかず。
当然気にはなったが、徒歩進軍を決断した時点でそれは折り込み済みだったし、それにおそらく水没はしないだろうとも思えたので、沈みさえしなけりゃ、いつか機会は訪れるだろう、と。
徒歩行軍、行き帰りでしめて2時間31分。ほど良い距離と時間で、とびっきりの道と橋を楽しめた、素晴らしいひとときでありました。
ツーヤオ弾丸ツアー、これにて完結…
ではございません(笑)。まだありますねん実は。
でもそれは、また今度。なのでひとまずはコレにて終了~。
【柏木橋】に続く。