今朝、山田五郎さんが亡くなったことについて、ブログを書きましたが、コメント、メッセージが、続々と集まっております。
皆さんそれぞれに、それぞれの山田五郎がいたことを、改めて痛感いたしました。共通していたのは、五郎さんの、とんでもない博識と、そのことを鼻にかけない話し方でした。
以前、「アド街」について、伊集院光さんが、こんなことを仰っておりました。
たまにね、アド街のゲストで、準備をしていない奴がいるんだよ。そういう奴は、すぐにわかるのよ。何にもないから。そうすると、恥をかくのよ。
そうなのです。つけ焼き刃の知識では、あの番組はどうにもならないのです。なぜなら、ハウフルスのつくりもそうですが、そこには、山田五郎がいるからなのです。
私は、五郎さんの出身地を知りませんでしたが、見当はついておりました。先程、ウイキペディアで確認しましたが、予想通り江戸っ子でした。
そうでなければ、いくら雑誌の編集をしていたからといって、あそこまで東京に詳しくはありません。特に私の知っている以前の東京に関する知識は、尋常ではありませんでした。
そして、江戸っ子独特の照れと粋が、五郎さんにはありました。ひけらかすことはないのですが、おかしなことを言う輩がいると、突然本身を抜いて論破するのです。知ったふうなことを、言うんじゃねえよ、と。
先程、ある方が、浦沢直樹さんの呟きを紹介しておりました。五郎さんは浦沢さんとも昵懇だったようで、浦沢さんの自宅に遊びにきて、テレキャスターをいじっている時の五郎さんを、描いておりました。
これが、まさに五郎さんなのですが、ちゃんと浦沢直樹の絵になっているのです。浦沢さんも、本物のプロフェッショナルですから。
ぜひ、その絵をご覧ください。私は、それを見て、涙が溢れてまいりました。