そろそろフェードアウトの準備しとります。


終わるね、2011。


まだ早いか。



いろいろ引っ掻きまわされたり、


押したり引いたり、


いなくなったり。



いらなくなったり。




あぁ、なんて人間は面倒臭いんやろと、


人間の自分が日々思うこの頃。




基本鼓膜は自分の厳選音で満たしてる訳で、


そりゃそんなキョロキョロなんかしなければ、


この時期特有の変な盛り上がりなんて皆無。




ほんと信じられるんは「音楽」だけや、と。



「音楽は裏切らない」なんて皆言うね、


そこ裏切られたら、


重力なんか無視してどこかへ飛んでいける、


と思う。



さらさらっと触れて、


ぐっと押さえつけて、


何もなかったように。



しかし、痕は残るわけです。


目を背けても、


生きてる間は存在全てが反射鏡。



目を閉じた所で、


人間はそんな単純に残念ながら出来てませんで、


こればっかりは仕方がないと、


また不器用に堪える。



そんな生き方しか知らないのです。




いつか思いっきり背伸びして、


ぐわーっと持ち上がりたいもんです。



quelyの戯言


先日、アルバム最後の曲録り終わりました。


1コンマ、1秒、1呼吸。



あまりに生々しい音圧が、


鼓膜一杯に広がりますように。



間違っても均等に整頓なんかされずに、


バラバラな個性が枯れませんように。




そうやって何もなかったように、


ついさっき生まれたみたいに、


笑顔でおはようと言えますように。



quelyの戯言



quely









quelyの戯言


結局、いつも音楽が救ってくれる。



危うく帰って来れないところだった。







ここ最近ずっと考えてた。



アルバムの終わり、世界を閉じる方法。



始まりは見つかっても、



終わらせる事がどうしても出来なかった。





hekiさんといろいろやり取りするも、



全くその断片すら顔を出さない。






秋特有の原因不明の虚しさの中、



墜ちるところへ墜ちて、



今日やっと掴めた気がする。





それはあっという間にやってきて、



急いでスタジオへ。





あとはhekiさんの反応次第。



でも大丈夫な気がする。



不思議と大丈夫な気が。





アルバムを通して、



「世界」という単語が多く出てくる事に気付いた。





実際は、



自分の個人的空間と、



hekiさんの個人的空間、



そしてほんの少しスタジオ。






その小さな枠組みの中、



音の空間で、



「世界」なんて語れてしまうのは、



それこそなんて不思議なんだろうか。





ああ、苦しかった。



でも、苦しんでよかった、と



そう思いたい。



quely

吉祥寺で友人とクイッと1杯、


のはずがこんな時間。




明日も朝から、、、、、、、


んな事関係なくブログを書く。



quelyの戯言


「damien rice / 9」


ホント最近お世話になってます。


9はdmienの2ndアルバム。



言葉じゃ表しきれんくらい、


擽られて、


揺さぶられて、


突き放したり、


泣きたくなるくらい暖かくて、


恐ろしいくらい開放的で,


時々首から上持ってかれてたりする。



1stアルバムの方が全体的には好きなんだけど、


2ndの1曲目 「9 crimes」。


一度、試聴の価値ありです。



今月は「音楽」に対する浪費月刊のようで、



月頭のBjork姉さん 「Biophilia」から連鎖は始まり、


どんなに頭に「音」を与えても満たされないのです。


ほんと苦しい。



quelyの戯言

「Antony & The Johnsons / You Are My Sister」


未発表曲が3曲入ってるとのことで即買。


何なんでしょうね、彼の声は。


そもそも「ボーカリゼーション」 という枠組みで括っちゃっていいのか。




他にもいろいろと、


「Asobi Seksu/Fluorescence」


「Antony & The Johnsons / Swanlights」


「Florence & The Machine/Lungs」


Florenceはもうすぐ新作が出ますね。


「Rachael Yamagata/Elephants」


Rachaeの2ndはせっかくの2枚組が日本盤は1枚になっちゃってて、


アルバムの流れとかグチャグチャ。


だから輸入盤を、でも歌詞を読みたい。。。どうしましょうかね。


「Rufus Wainwright/Rufus Wainwright」


買おう思ってたら、


なんかunionでごり押しされててびっくりしました。


「Scarlett Johansson/anywhere I lay my head」


まさかのトム・ウェイツのカバーアルバム。


スカーレットってこんな声してたのね。



他にも細々と。


邦楽も忘れてませんよ。


サカナの新譜は思ってたよりは、、、でした。


その分フジファブは涙なしには聞けなかった、いろんな意味で。


ブックレット読みなおしたくて、


「原田郁子/ケモノと魔法」


郁子さんの頭の中はどうなってるんだろう。



あとは上にも書きましたが、


Bjork姉さんのBOXも買いました。


地元で持ってたんだけど。


アルバム個々で全部もってるけど。



メダラまでのアルバムが入ってて、


各々のアルバムの片面はCD、


もう片面はアルバムからシングルカットされたPV、


5.1サラウンドでご丁寧にもCDと同内容の音源も入ってます。



だから最近は歌詞カード片手にBjorkの世界を行ったり来たり。


1から聞きなおしてます。


「ビョークが来た」なんて本も買っちゃったりして。




多分ウチの音楽性に1番影響を与えてるのがBjork姉さんなんだけど、


あんまり深くまで楽曲の世界観に浸かりすぎると、


あわや帰って来れなくなるんで、


息切れするその手前で、


はっ、と水面から顔を出してます。




そんな中どうしても目を背けられないのが、


quelyとしてのボーカリゼーションの限界。



いろんな「音」で満たせば満たすほど、


どんどんどんどん、


首を絞められてるみたいに、


自分の限界を知るのです。




でもそれは悪い方向ではなくて、


あくまでプラスに、


どんなに締め付けられても、


根拠のない何かが手を貸してくれます。



だからこそもうすぐ落ちるcecileの破片、


hekiさんの、quelyの、


cecile cow cowの、


全くおふざけのない痛み、苦しみ、


日々の糧の結晶。



ちゃんと覚悟をしないと、


とてもじゃないと剥ぎ落とせない。



だから苦しくても頭を「音」で満たすのです。



「精一杯」で終わるための、


憎くて愛しい苦しみなのです。





年内には収録曲をある程度形にして、


来年頭からはアートワーク等に。



アルバムの冒頭の曲。


cecileの扉を開く曲、


いい曲になりそうです。




今日見た映画の中の印象的なセリフ、



「汗を流して、涙を流して、ボロボロになっても、


残酷なくらい綺麗な朝が来るんだね」




もう少し苦しんでから、寝る事にします。


quely