『社会起業』とマクドナルド
「チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える」渡邊奈々著 日経BP社出版
「社会起業」という生き方を選択したリーダーたちが紹介されています。
本当に気持ちが奮い立たされる、素敵な本です。
例えば、
インド等の発展途上国で、貧困層でも購入できるコンタクトレンズ等の医療器具を販売し、販売価格を顧客の収入によって分けて設定し、寄付に頼ることなく貧困層の健康に貢献し続ける事業を行うデビッド・グリーン。
社会起業とは、ここ数年で注目されてきた企業活動の新しい在り方なのですが、
「社会の問題解決を目的とし」「社会に与えたインパクトの大きさ」を企業の成果とするそうです。
経済的利益の大きさを成果とする通常の企業活動とは異なるわけです。
「企業とは何か」 P.Fドラッカー ダイヤモンド社
しかしそもそも企業とは、顧客の欲求を発見し、それを満たすこと、あるいは満足を生み出すことで利益を発生するものですから、社会起業と通常の企業活動の違いは『欲求の在処を見つける目線の位置』の違いでしかないとも捉えられます。すなわち「社会起業」の必要条件とは眼差しの方向に、必ず社会的弱者があるということ。

では、マクドナルドは「社会起業」だろうか、通常の企業だろうか。
マクドナルドは確かに、極めて低価格な食品を、持続的にわたしたちに提供し続けている。
120円でコーヒーを、100円で食事を快適な室内で取れる機会というのは、日本の貧困層にとっては、救済に他ならない。マクドナルドが当時、60円ハンバーガーを開始したことは、当時の社会に、特に貧困層や若年層に強いインパクトを与えたに違いありません。
社会起業という生き方に強い憧れを感じると共に、正義めいたその言葉が持つ危うさも感じてしまいます。
(それは、建築設計活動の立場の取り方が『自己救済的』か、『他己救済的』か、という話にも近いかもしれません。その両者の立場の取り方は、そもそも表裏一体ではないだろうか。)
このへんこと、社会起業のこと、是非ご意見お聞かせください。
ところで、先日『YOKOHAMASOUP』という、横浜を起点に「社会起業」や「起業」をされている多くの方に出会うことがでました。それは、わたしたちにきゅう_プロジェクトにとって、大きな刺激となったとともに、
「わたしたち自身の事業の在り方」
を考えさせられます。
そして、これからも考えます。事業のありかた、企業のありかた。
埼玉県飯能の山に入った思い出
自分の動きが自由過ぎてびっくりしています。
通常業務のない週末を使って、飯能の山に入っていました。私有林の間伐の手伝いをするためです。

現場の木が例えばどこから来るのか気になって仕方なくなったからです。
森から来るのは分かっているのだけれど、どんな人間が、何をして、木材が私たち住まい手まで届けられるのかを知りたいのです。

実際に作業に参加させていただいた感想は、
想像をはるかに越えて、大変な作業でした。本当に大変な手間と労力のかかる作業です。
見たのは森林所有者の直面する現状の一部でしかないけれど、
彼らが伐採をして材を生産してもほとんど収益がでていないという現実を同時に知ると、
あまりに感じることが多過ぎて、今は頭がカオスです。
行政や、大手ハウスメーカーが、木材が林家(森林所有者)からユーザーに渡るまでの流通全体の仕組み
を大規模化、効率化することで、国産材を使いながら、林家にも伐採による利益が出るビジネスとしてのソリューションを開始しようとしています。
かし私たちが直面した方々の「手間をかけて丁寧に育てた固有の材が、各ユーザーに渡り愛でられる
であろうという具体的な喜び」はどこにいってしまうのだろう、と考えさせられます。ただ純粋にものをつくる行為に、どうしてマッスを対象とした仕組みに便乗することを強いられなければならないんだ、と考えさせられます。
ただ古い考えなのかもしれないが、そこにいる人と向き合うことで、素直にそう感じました。

さて、そのことが わたしたちが扱うことのできる、扱おうとする対象と関連してくるのかはまだ分かりませんが、本当に良いインプットになりました。感情が動きました。
定期的に行こうと思います。考えていきたいです。
通常業務のない週末を使って、飯能の山に入っていました。私有林の間伐の手伝いをするためです。

現場の木が例えばどこから来るのか気になって仕方なくなったからです。
森から来るのは分かっているのだけれど、どんな人間が、何をして、木材が私たち住まい手まで届けられるのかを知りたいのです。

実際に作業に参加させていただいた感想は、
想像をはるかに越えて、大変な作業でした。本当に大変な手間と労力のかかる作業です。
見たのは森林所有者の直面する現状の一部でしかないけれど、
彼らが伐採をして材を生産してもほとんど収益がでていないという現実を同時に知ると、
あまりに感じることが多過ぎて、今は頭がカオスです。
行政や、大手ハウスメーカーが、木材が林家(森林所有者)からユーザーに渡るまでの流通全体の仕組み
を大規模化、効率化することで、国産材を使いながら、林家にも伐採による利益が出るビジネスとしてのソリューションを開始しようとしています。
かし私たちが直面した方々の「手間をかけて丁寧に育てた固有の材が、各ユーザーに渡り愛でられる
であろうという具体的な喜び」はどこにいってしまうのだろう、と考えさせられます。ただ純粋にものをつくる行為に、どうしてマッスを対象とした仕組みに便乗することを強いられなければならないんだ、と考えさせられます。
ただ古い考えなのかもしれないが、そこにいる人と向き合うことで、素直にそう感じました。

さて、そのことが わたしたちが扱うことのできる、扱おうとする対象と関連してくるのかはまだ分かりませんが、本当に良いインプットになりました。感情が動きました。
定期的に行こうと思います。考えていきたいです。



