他人が『あくび』をすると、あなたはその『あくび』がうつりますか?
 
『あくび(欠伸)』は、
・眠たいとき。過度に疲れているとき
・退屈なとき
・極度の緊張状態
・寝起き
など、「覚醒」と「睡眠」の境界から「覚醒」に向かうときに、不随的(反射的)におきる、口を大きく開け、深く息を吸い込む呼吸動作です。
 
『あくび』は、哺乳類以外でもすることがあり、爬虫類や鳥類などは『あくび』をします。
ただし、実は『あくび』が発生する原因は、よくわかっていないんだそうです。
よく「脳に酸素が足りない」とか言いますが、どれも仮説どまりとなっています。
 
そして、『あくび』がうつる原因もよくわかっていません。
ただ、「『あくび』がうつるのは5歳ごろからで、それより幼い乳幼児では『あくび』がうつらない」という研究結果が発表されています。
 
英国スターリング大学のジェイムズ・アンダーソン博士が、2歳~11歳までの87人で「『あくび』の誘発」について調べました。
調査方法は2つで、
①『あくび』ビデオを見せた。
→結果、5歳未満の子どもでは『あくび』がまったくでてこなかった。
②『あくび』にまつわるお話を読み聞かせた。
→結果、6歳未満の子どもでは『あくび』がまったくでてこなかった。
と、どちらの場合も、年齢があがるとともに『あくび』をする人数が徐々に増えたという結果が出ました。
「『あくび』の伝染」は人間以外の動物では知られていないため、ある種の「共感」する能力というものを前提としていているのではないか、と推測しています。
 
5歳以下の子供を考えてみると、たいていの子供は自分の好きなように行動しています。
「他人と共感」するというより「自分中心の考え」で行動していますよね。
ですので、「『あくび』の伝染」は、幼稚園や習い事などで他人との関係(人間関係)が生まれるであろう「5歳ごろ」から発生するというわけです。
人間関係には「自分中心の考え」より「共感する力」が大切になりますので、他人が『あくび』をしたとき自分にその『あくび』がうつるときのその他人は「身近な人」が多いとも言えます。
と言うことは、『あくび』をした人が身近な人なのに『あくび』がうつらないのはその人に共感を持っていない・・・なんてことになりますか・・・ね(><)
 
また、人が『あくび』をしたときの脳波を調べてみると「β波」などの「覚醒時」の脳波が見られます。
つまり、『あくび』をすることで一時的に「眠気が消える」と言うわけです。
と言うことは、授業中に『あくび』をすることは「眠気を消す」ためにはとても大切なことで、先生は『あくび』をしている生徒を「寝不足など生徒の不注意で『あくび』をしている」のか「生徒はきちんと寝ているのに、先生の授業がつまらなくて『あくび』をしている」のか、見極めてから注意をしないといけませんね!
 
参考資料:
錯覚の心理トリック(著:清田 予紀)
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#薬 #薬剤師 #人間 #体 #豆知識 #不思議 #イトーファーマシー #介護

「きんぴらごぼう」美味しいですよね。
自分も大好きなお惣菜の一つで、美味しい「きんぴらごぼう」があると一瞬で食べることができます。
 
『ごぼう』は根っこだし、独特のにおいや味があるため、なんとなく薬にできるんじゃないかなと思う方もいると思いますが、その通り!
『ごぼう』は、中国から縄文時代か平安時代に薬用として伝来し、利尿、発汗、血液浄化、皮膚疾患(ニキビ、湿疹、乾癬)の薬の材料として現在も使われています。
そして、『ごぼう』は日本で品種改良され、今は「野菜」「お茶(ごぼう茶)」などとしても食されています。
 
『ごぼう』は多くのビタミン・ミネラルはもちろん、腸内環境を整えてくれる「水溶性食物繊維(イヌリン)」と便秘などに効果がある「不溶性食物繊維」、滋養強壮に優れる「アルギニン」、ポリフェノールの一種である抗酸化作用を持つ「クロロゲン酸」も含まれている栄養満点の「野菜」ですので、現在では海外の方でも『ごぼう』の根の部分を「野菜」として食している方もいると思います。
しかし、元々「野菜」として食べるのは日本と朝鮮半島、台湾、中国東北部の一部の地域だけの特徴で、この特徴は、食文化の違いとして「太平洋戦争中、食料が不足する中、捕虜に栄養をつけさせようと善意で『ごぼう』を食べさせたことが裏目に出て、「木の根を食べさせられた、虐待された」と誤解され、戦後に与えた日本人将兵がBC級戦犯として虐待の罪で処罰された」などという悲劇も多く残しています。
 
『ごぼう』の花には花言葉が5種類あるそうです。
ごぼうの花には棘があるため、「いじめないで」「触れないで」「用心」
ごぼうの花が棘によって衣服などに引っ付き、なかなか取れないため、「しつこくせがむ」
ごぼうの効能がすごいため、「人格者」
 
さて「きんぴらごぼう」は、基本的に「ニンジン」と「唐辛子」と『ごぼう』を使って作りますよね?
「きんぴらごぼう」の「ごぼう」は『ごぼう』のことですから、じゃあ「きんぴら」って「ニンジン」のこと?はたまた「唐辛子」のことなのでしょうか?
 
実は「きんぴら」は調理方法のことを指しており、「ニンジン」「唐辛子」は関係ありません。
主に、根菜などを醤油と砂糖を加え甘辛く炒めたものを「きんぴら」と言います。
その「きんぴら」は漢字で「金平」と書き、「坂田金平」さんの名前からきています。
そして「坂田金平」さんは、あの有名な「坂田金時」さんの息子、だということを知らない人はいませんよね?
 
え?知らない?え?マジで!?いやいや、子供でも知っていますよ!(・・・と言う私は知りませんでした(><))
 
江戸時代に浄瑠璃(金平浄瑠璃)や歌舞伎、絵双紙などで人気の「坂田金平」さんは、あの有名な「坂田金時」別名「金太郎」さんの息子さんです。
 
「きんぴらごぼう」は、『ごぼう』のシャキシャキとした歯ごたえと栄養満点のため、力持ちでたくましいイメージのある「金太郎」が合い重なって、何故か息子の名前「金平」をつけて「きんぴらごぼう」と名付けられたということです。
 
と言うことは、シャキシャキしていない「きんぴらごぼう」は、本当は「きんぴらごぼう」とは言わない!のでしょうね。
 
なお、補足として「金比羅山」と「きんぴら」は関係ないそうです。
 
参考資料:
今すぐ話したくなる知的雑学 知識の殿堂(著:曽根 翔太)
参考URL
あなたは『へそくり』持っていますか?
内緒でためるお金の事を『へそくり』と言いますが、体の「へそ(臍)」と関連がある言葉なのでしょうか?
漢字では「臍繰り」と書きますので、一見関連がある言葉なのかなと思いますが、実は元々の語源は「関係なし」です。
 
『へそくり』の「へそ」は「綜麻」と書き、紡いだ麻糸(おだまき)のことを言います。
「綜麻」は、世界で一番の歴史を持つ麻糸で、鳥の巣のような形をしています。
また、『へそくり』の「くり」は「繰る」と書き、紡いだ麻糸を機の道具に巻き取る動作を表す言葉です。
 
奈良時代、「綜麻」を「繰る」作業は女性の仕事であり、麻糸は量と長さが決められていました。しかし、太さは決められていなかったため、糸を細く紡げば紡ぐほど長い麻糸がとれ、麻糸も「残り」ます。
熟練者になるほど細く長く「繰る」ことができ、麻糸も「多く残り」ますので、この余分に余った麻糸を使い、自分の着物を織ったり、商人に売るなどし、紡いだ人はちょっとした「臨時収入」を得ていました。
そういうことから派生して、現代では貯めたお金のことを『へそくり』と呼ぶ、というわけです。
 
「綜麻」の代わりに「臍」になった理由は、お腹にお金を巻き付ける腹巻「臍くるみ」が関係しており、「臍くるみ」にお金を隠している状態などから派生し「臍繰り」というようになったということです。
 
なお、茨木県ではケチのことを「べそくそ」といい、それが「べそくる」となり『へそくり』となったという説もあります。
 
参考資料:
ちゃぶ台のちゃぶって何だ?ヘンな「呼び名」のおかしな由来(素朴な疑問研究会[編])
参考URL
『赤十字マーク』は、皆さん一度は見たことがあると思います。
『赤十字マーク』は白地に赤い十字ですが、何故そのようなデザインになったのでしょうか?
 
18596月、ソルフェリーノの戦い(第二次イタリア独立戦争の一つ)の後の戦場を、スイスの実業家「アンリ・デュナン」が見回っていました。
この戦いでは、両軍合わせて20万を超える軍隊が衝突し、4万人にも及ぶ死傷者がいましたが医療を受けている者がほとんどおらず、負傷者がただ横たわっているだけの状況に、デュナンは愕然とします。
デュナンは、救援活動をしている地元の女性たちの群れに入り、自らも救援活動に参加、1週間そこに滞在しました。敵味方分け隔てなく救済しており、なぜそのようなことをするのかと尋ねられた時、デュナンは「人類は皆兄弟だからだ」と答えたのは有名な話となっています。
 
1862年にはこの体験を書いた「ソルフェリーノの思い出」を出版し、ヨーロッパ各国の政治家や軍人に送りました。その後11カ国語に訳され、多くの国で読まれるようになります。
そして、ソルフェリーノの戦いから3年後の1863年、ジュネーヴで現在の赤十字社の原型となる組織「国際負傷軍人救護常置委員会」という会が作られます。
この会は、前線での医療奉仕の改善を話し合うための国際的な会で、メンバーは、医師、法律家、将軍、ジュネーヴ公共衛生委員長、そしてデュナンであり、別名「5人委員会」とも言います。
その会の提案の中に、ボランティアであることを示すための旗「白地に赤十字を記した国際的シンボルの採用(赤十字マーク)」がありました。
 
『赤十字マーク』は、デュナンの母国である「スイスの国旗」の配色を逆にしたものとされています。
 
実はこの『赤十字マーク』には寸法や色、形などの厳密な定めはありません。
「赤新月マーク」や「レッドクリスタル」など、いろいろなデザインで存在しています。
理由は、『赤十字マーク』のついている施設は「負傷者の治療などを行っている場所である」ことを示すので、基本その施設には「攻撃ができない」と定められているのですが、厳密にデザインを定めてしまうと、わずかなズレなどを理由にそこの施設が攻撃を受けてしまう恐れがあるからです。
 
『赤十字マーク』が使用できるのは法律(ジュネーヴ条約)で定められている組織(赤十字病院や自衛隊の衛生部隊など)のみで、定められていない医療機関(一般の病院や薬局)、救急箱などの商品、看板などには使用することはできません。『赤十字マーク』に類似したマークも使用制限があります。
 
「赤十字の父」と言われるデュナンは、1901年に第1回ノーベル平和賞を受賞、19101030日、82歳で静かにその生涯を閉じるまで質素な生活を貫きます。死後、ほとんど手付かずだった賞金は、遺言によりスイスとノルウェーの赤十字社に寄付されました。
 
デュナンの誕生日、58日は「国際赤十字デー」となっています。
 
参考資料:
50の事物で知る 図説 医学の歴史(著:ギル・ポール)
参考URL
皮膚はたくさんの感覚を感じ取ることができます。
「ふわふわのタオルは気持ちいい」、「針などに刺さると痛い」、「氷は冷たい」などと、人間が感じることができるのは、皮膚にある『感覚点』と『受容器』があるためです。
 
『感覚点』で受け取れる感覚は5つあり、皮膚の内側にはこの5つの感覚を受け取る『受容器』がそれぞれにあります。
①触れたこと(触点):マイスネル小体とメルケル小体
・マイスネル小体・・・手の掌側や足の底側、陰核、陰茎亀頭などの神経乳頭内にある、長さ0.1㎜程の楕円体をしている部位。
・メルケル小体・・・知覚神経の末端が円盤状に広がり、表皮内の触覚細胞(メルケル細胞)に接している。皮膚、毛、重層扁平上皮の粘膜にある。
 
②おさえていること(圧点):ファーター・パチニ小体
 皮膚の皮下組織や関節の周囲、手の掌側や足の底側に多い。0.54㎜ほどの楕円体で、断面は玉ねぎの横断面のように見える。(振動も感知している。)
 
③痛み(痛点):自由神経終末
 神経の終末が露出して終わっているもの。全身の上皮や結合組織、筋に分布している。
 
④温かさ(温点):ルフィニ小体と自由神経終末
・ルフィニ小体・・・手指や足底の皮下や関節周囲にあり、紡錘型をしていて、長いものは3㎜近くある。(皮膚の引っ張りなども感知している。)
 
⑤冷たさ(冷点):クラウゼ小体と自由神経終末
・クラウゼ小体・・・真皮、結膜、口腔、鼻腔粘膜下に存在し、楕円形あるいは球形の構造を持つ。
 
この『受容器』で感じた感覚や情報は、『体性神経』を通して大脳皮質の頭頂葉にある『体性感覚野』に伝えられます。(「体性感覚」とは触覚・温度感覚・痛覚の「皮膚感覚」と、筋や腱・関節などに起こる「深部感覚」からなり、「内臓感覚」は含みません。)
『体性感覚野』は帯のように並んでおり、感覚情報の認識や筋肉を動かす指令を出す「一次体性感覚野(SⅠ)」と、一次体性感覚野でとった情報の性質を学習や記憶に基づき識別する「二次体性感覚野(SⅡ)」の2つがあります。
このSⅠ、SⅡには「体部位再現」があります。「体部位再現」とは、脳の局所と各身体部位に点対点(11)の対応関係があることいいます。
そして、この「体部位再現」でSⅠにはわかりやすい図があり、カナダの脳外科医ワイルダー・ペンフィールドらによる『ホムンクルス(小人間像)』が有名です。皆さんも一度は見たこともあるかと思います。
 
さて、「熱いお茶を飲むとき、触ると熱いのに飲むことができる」のは何故でしょうか?
それは、1つの理由として『手と口の「温点」の数が違う』ためです。
1平方センチメートル当たりの「温点」の数は、手が数個、口は約1個です。
ですので、手は熱さを感じやすく、口は手より感じにくい、だから「熱いお茶は触ると熱いのに飲める」のです。
 
「触れて感じる」という動作は簡単なことのように思いますが、実は人間の中ではたくさんの複雑なことが行われており、それを一瞬で行っているのです。
 
参考資料:
ぜんぶわかる 人体解剖図 (著:坂井 建雄・橋本 尚詞)
やさしくわかる 子どものための医学 人体のふしぎな話365(ナツメ社)
参考URL

https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E4%BD%93%E6%80%A7%E6%84%9F%E8%A6%9Ahttp://web2.chubu-gu.ac.jp/web_labo/mikami/brain/29-6/index-29-6.html

奈良県にある「高取町」は、別名『薬の町』とも言います。
 
この町は古代から自然に恵まれ、薬用となる動植物も豊富にある場所でした。
そのため、高取町を中心とする地域は、生薬の原材料となる植物の栽培から漢方をはじめとする薬の製造、そして薬の流通ビジネスが盛んで、日本における漢方・製薬のメッカと言える町、「大和の薬売り」としても有名な町なのです。
 

この町には「波多甕井神社(はたみかいじんじゃ)」という神社があり、日本書紀には「61255日に推古天皇がココで宮廷行事の「薬猟り」をした」との記述が残されています。「薬猟り」では、女性は「薬草」を摘み、男性は「鹿の若角」を獲ったんだそうです。

「鹿の若角」は「鹿茸(ロクジョウ)」と言う漢方生薬の一つで、成長した角(骨に近い)より有機分が多く、滋養強壮剤として使用します。
 
また、高取町の土佐街道にある「下土佐恵比寿神社」では、薬の神様「神農さん」が祀られており、今も神農薬祖神祭が1122日に行われています。
 
高取町の隣には「明日香村」があり、「酒船石遺跡」という遺跡があります。
この「酒船石遺跡」には、上部に幾何学的な溝が掘られた石「酒船石(さかふねいし)」という石造物があります。
「飛鳥の石造物」はたくさんありますが、用途が明確でないものが少なからずあり、この「酒船石」の使用目的もわからないんだそうですが、一説によると製薬用の石ではないかという説もあります。
 
また、「大淀町薬水」という地も高取町の隣にあります。
「薬水(くすりみず)」には、「薬水の井戸」と呼ばれている井戸(湧き水)があります。
ある日、弘法大師がこの村を通りかかったとき、村人たちが疫病にかかって困っているのを見てあわれに思い、このふしぎな井戸を教えます。村人たちが井戸の水をのむと、病気がたちまち治りました。この噂は広まり、たくさんの病人がその水を飲んで助かりました。
しかしその後、この水で米をといたり、ふんどしを洗ったりなどした人がいて、その祟りをうけて失明してしまったようなことがあり、それからというもの、人々はこの水をこわがって、井戸に近寄らなくなったそうな・・・。
 
さて、高取町に話を戻しますが、本当にたくさんの薬関係の会社が高取町には存在します。
①医薬品製造
池尻製薬
近畿医薬品製造
共立薬品工業
米田薬品工業
太陽堂製薬
新生薬品工業
豊島製薬
中村薬品工業
関西薬品工業
高取薬業連合会(高取製薬工業組合、高取配置薬組合、医薬品卸同好会の三者からなる)
高取製薬工業組合
 
②医薬品卸売
錦寿堂
アイアール
西川栄寿堂
大一薬品
奥村正永堂薬房
福運堂薬業社
壷阪製薬
壷阪薬品
仁寿薬品
大商
 
③配置薬業界新聞
薬慈新報社
 
これだけあると、ホント、富山にも負けない「薬の町」ですね。
「薬」に興味のある方は、ぜひ「高取町」を訪れてみては!?
 
参考URL
人間は年を取るごとに体力の衰えを感じる生き物です。
「焼肉なんて昔はよく食べたけど、最近は一枚くらいでもうダメ。」とか、「最近、目の周りのしわが気になってきてね。」とか、言っていませんか?
自分も40になり、そんなに食べていなくてもお腹周りの蓄積が更に増える一方です(ToT
ちょっとした運動では、ダメなんだなと思う日々が続いています。
 
人間が「老化」することは当たり前のことであり、その「老化」にどのように対応するのかで、老年期を自分なりに過ごすことができるのも事実です。
 
古代ローマ時代に『マルクス・トゥッリウス・キケロ』という哲学者がいました。
『キケロ』はストア派の哲学者で、「自然にしたがって(理性的に)生きていれば、老いてもそれを受け入れることができる」と主張しています。
 
①老年と仕事:
・老人は、体力を頼みとするような仕事ではなく、老年に相応しい精神的な仕事をもっぱら行なうとよい。
・老化することで「思虚」や「貫禄」「見識」が増すため、若者にはできない高度な仕事ができる。
・老人の「助言・権威・意見」によって大きな事業が成し遂げることもできる。
・熱意と勤勉が持続すれば、老齢でも記憶力や知力が維持できる。
②老年と体力:
・老化による体力の減退は否定できない。しかし、何事も自分の持っている体力に応じて行なうということであり、無いときには求めないことが大切。(在るものを使うという考え。)
・肉体は鍛錬して疲れが昂じると重くなるが、心は鍛えるほどに軽くなる。
③老年と喜び:
 ・人が老いることで、肉欲や野望や争いや敵意など、あらゆる「欲望」への服役期間が満了して、心が自分自身とともに生きることができるようになる。(老いは「欲望」を自然に遠ざけてくれ、その「欲望」から解放されることで、自分らしく生きることができる。)
・特に「農業(農事)」は広く老年の楽しみとして、また王侯や賢者にさえ相応しい楽しみとして、まことに申し分のないものである。
・なお、老年期を充実して過ごすには、青年期における過ごし方や準備が大切である。
④老年と死の接近:
・死は老年から遠く離れたものではない。しかし、死が近づくことが問題ではなく、長い人生が満ち足りていたかどうかが問題である。
・死は円熟であり、美徳と善行に励んで人生の実りを豊かににした人は、死を全く恐れることはない。
・死は老人にとっては瞬時に済んでしまうのであるから、過度に恐れる必要はない。また、死はより善き世界への旅立ちであり、待望すべきものでさえある。どちらにしろ、死について恐れることはない。
・老年にまで達する人間の数は少ない。それは青年が病気やけがを起こしやすい環境にいるからである。また、青年は長生きすることを望むが、老年はすでにそれを達成しているのであり、それゆえ青年よりも老人の方がよりよい状態にあるとも言える。
 
人間は考え方次第で、前向きにも後ろ向きにもなります。
老齢化を前向きに考える『キケロ』の思想は、現在の高齢化社会をさらにより良いものにする、大切な思想だと思います。
 
参考資料:
超訳 哲学者図鑑(著:富増 章成)
参考URL
『尿検査』は、人生でしたことがない人はいないと思います。
 
病気の診断における「尿」の利用は、なんと6000年以上前の最初期の文明にまでさかのぼります。
最初の頃は「見た目」で判断していました。
古代ギリシアの医者ヒポクラテスは、著書「Aphorisms」の中で『尿検査』の重要性をしばしば指摘しており、中世にはホムンクルスの生成で有名、医化学の祖などと言われる「パラケルスス」が蒸留法を用い始めています。
また、中世のヨーロッパの医療に影響を与えた医師の「コンスタンティヌス・アフリカヌス」はイタリアのサレルノに滞在中病気にかかり、治療に来た医師が『尿検査』をしなかったことに印象を悪くしたという話も残っています。
現代の『尿検査』は、1956年、アルフレッド・H・フリー博士夫妻によって「尿試験紙」が開発されたことにより普及したものです。
 
『尿検査』では、主に、「尿蛋白」「尿糖」「尿沈渣(にょうちんさ)」「尿潜血」「尿比重」について調べます。
尿に「タンパク質」が含まれる場合、「腎疾患」や「尿路系の異常」が疑われます。
尿に「糖」が含まれる場合、「糖尿病」が疑われます。
尿に「血液」が含まれる場合、「尿路系の炎症」や「結石」が疑われます。
尿に「ウイルス」「細菌」が混じる場合には、「泌尿器系の感染症」が疑われます。
その他、薬物・毒物等を摂取した場合には固有の代謝産物が検出(ドーピング検査)、妊娠した女性からはヒト絨毛性ゴナドトロピン (HCG) という特有のホルモンが検出などなど、人間の今の状態が確実にわかるため、「尿」は人間にとってはいらないものでも、検査にとってはとても重要なものなのです。
 
さて、『尿検査』は朝一の「尿(早朝尿)」が使用されることが多いと思います。
それはなぜかというと、3つの理由があります。
・濃縮された尿を検査できる。
・安静にしている状態を検査できる。
・起立性蛋白尿を除外できる。
 
なお、健康な人でも出始めの尿には、ばい菌が混じることがあります。
出始めの尿ではなく「中間の尿」をとるようにするといいでしょう。
 
参考資料:
50の事物で知る 図説 医学の歴史(著:ギル・ポール)
参考URL
「リンドバーグ」と言えば!?
「今すぐKiss Me」じゃない・・・、アメリカの飛行家で、大西洋単独無着陸飛行に初めて成功した人物として有名ですよね。
 
しかし、彼は飛行家としてだけでなく「人工心臓開発分野」でも有名な人物だということはご存知でしょうか?
 
「チャールズ・リンドバーグ」の妻には姉がおり、その姉は町でも評判の美人さんでしたが、リウマチ性の「心臓弁膜症(僧帽弁閉鎖不全症)」を患っていました。(「僧帽弁(そうぼうべん)」という心臓にある弁の働きに異常があり、全身に供給される血液の量が少なく、体が弱っていったものと考えられています。)
日に日に衰弱していく義姉を見て、リンドバーグは義姉の病気を何とかしたい、心臓病の治療法を開発したいと思い、最終的に、米国在住者として初のノーベル生理学・医学賞を受賞した生理学者「アレクシス・カレル」の研究室を訪れます。
 
リンドバーグは、『飛行機のエンジン弁が故障した時の対処方法と同じように、心臓を取り出して治療している間「心臓の代わりをするポンプのような機械」で体を生かし続け、その後、治療した心臓を体に戻すことはできないか?』とカレルに相談します。
 
医療界の発想にはなかったリンドバーグの奇抜なアイデアにカレルは興味を示し、2人は共同研究を始め、リンドバーグは今までの知識を生かすかのように、心臓を切除した際、臓器や組織に液体を流すことのできる「かん流装置」の開発に没頭します。
一方カレルは、組織が体外で生き続けるための生理学的条件について研究し始めます。
 
そんなリンドバーグに不幸が2度訪れ、研究は中断されます。
リンドバーグの最愛の息子の誘拐・殺害されるという事件と義姉の死でした。
不幸のどん底を見たリンドバーグでしたが、その不幸を乗りこえて研究を再開します。
 
そして1935年、世界で初めて、動物の臓器をまるごとガラス容器の中で18日間培養することに成功し、臓器かん流装置「Glass Heart」を完成させました。
この「Glass Heart」は『カレル・リンドバーグポンプ』とも言い、現代の人工心臓・人工心肺の原型になりました。
 
現代では「異業種連携」とも言いますが、分野が異なる企業同士が連携しあい、今までにない新事業や新製品開発が盛んにおこなわれています。
『カレル・リンドバーグポンプ』は、そういったものの先駆けとなるものでもあるのでしょうね。
 
参考資料:
まんが 医学の歴史(著:茨木 保)
参考URL
https://ja.wikipedia.org/wiki/チャールズ・リンドバーグ