日本は長寿大国と言われますが、どのくらい長寿大国なのか?知っていますか?
 
日本で一番長生きした人は、江戸時代中期の「儀左衛門」さんという人です。
この「儀左衛門」さんは、なんと数えで209歳!(歴代2位!1632年~1840年存命?)
因幡国松下村のお百姓さんで、将軍に自身の白髪を献上したという記録が残っています。
また、「儀左衛門」さんの家族も、これまた長寿!
奥さんは197歳まで生き、「儀左衛門」さんが鳥取藩主・松平因幡守(池田斉訓)から表彰されたとき、孫夫婦までが百歳以上(息子159歳、息子の妻156歳、孫129歳、孫の妻124歳。)だったそうです。
 
次に長生きした人は、三河国宝飯郡水泉村の百姓「満平(萬平・万平)」さん。
この人は193歳(1602年~1796年)まで生き、家族も、妻173歳、息子153歳、孫105歳まで生きたとされています。
 
3番目は、因幡国松原村の百姓「松原仙右衛門」さん。
183歳(1632年~1815年存命?)まで生きました。
鳥取藩主・松平因幡守(池田斉稷)から表彰され、苗字帯刀を許され、銭10貫文などを与えられたそうです。(江戸初期から中期にかけての小判1両(4000文)は10万円に相当するそうで、1貫文は1000文、現在で約25000円相当の価値があるため、10貫文なので約25万円。)
家族も、妻・きのは171歳、息子・佐右衛門は131歳、その妻・いさは129歳、孫・富右衛門は103歳、その妻・かねは101歳だったそうです。
 
13位まで見ると、皆さんお百姓さんなんですね。
外に出て苦労をして野菜などを育てたりと、適度な運動をすることは長寿の秘訣なのかもしれません。
しかも、1位と3位の人は同じ鳥取県です。
鳥取と言えば「らっきょう」ですよね。
「らっきょう」に含まれる『硫化アリル』は、血液をサラサラにする作用があるので、血液の流れをよくして浄化する働きがあるし、糖質代謝に必要なビタミンB1の吸収を助ける働きもあるので、筋肉痛や腰痛を予防する効果もあります。
やはり「らっきょう」は長寿食材なのかも!?
 
さて、話は戻りますが、Wikiにまとめられている表を見ても、他の国の人と比べ日本人が大勢いることがわかります。
 
現在の男性世界最高齢記録保持者も日本人で「木村次郎右衛門」さんで116歳。
毎日午前5時半に起床し、午後8時に就寝する生活を送っており、朝は「ヨーグルト」「サツマイモ」「梅干し」を食し、夜は「牛乳」を飲むことを習慣としており、好き嫌いはなく、食べる量も自分で決めていたそうです。
 
存命中の世界の長寿者第一位は「都千代」さんで117歳。
都さんの好物は「うなぎ」「ワイン」「クリームソーダ」であり、喫煙は一度もしたことが無く、趣味は夫と海外旅行だそうです。
 
これからの日本は少子高齢化で大変だーなんて言っていますが、元気な高齢者が増えていくということは若い人たちは喜ばしいことだと感じなければいけません。高齢者が元気だということは、それだけ若い人の為に働いてくれて、こちらも元気でいられるからです。
 
高齢者も元気だからと言って年相応の行動をしなければいけません。
高齢者の事故や事件は年々増えています。医療費も今まで以上にかかることでしょう。
若い人の手は年々少なくなっており、このままでは若い人の苦労は今まで以上になります。
老人の味方、哲学者のキケロも「何事も自分の持っている体力に応じて行なうということであり、無いときには求めないことが大切。」と言っていましたよね。年相応が一番です。
 
少子化と言うことは、いずれは高齢者も少なくなるということですが、これからの長寿大国日本は、年だけ長生きだけを考えるだけでなく、他の国のお手本となるためにも、お互いがバランスを考え、平和に長寿を全うできる社会の実現を考えていくべきかなと思います。
 
 
参考URL
お薬を飲むとき、必ず考えなければならないのが「副作用」です。
そして、その「副作用」は時に形を変え、『薬害』として社会的に問題になることがあります。
 
『薬害』とは、明らかな投薬ミスを含まず、医薬品が通常の治療や予防に用いられる用量でひき起こす有害で望まれない反応で、お薬の「副作用」が多数の人々に重大な損害を与える社会的な出来事をいいます。
 
わが国における『薬害』はいくつかありますが、実は歴史は浅いものばかりです。
1948年~1949年に起こった「ジフテリア予防接種による健康被害」が最初の『薬害』となります。
この『薬害』は、ワクチンメーカーの製造ミスによりジフテリアワクチンの無毒化が不完全で毒素が残留していたことにより、被害者924人、うち83人が死亡したという事件です。
 
その後もいろいろな『薬害』が問題になります。
・ペニシリン(1953年~1975年:アナフィラキシーショックにより1276名死亡)
・サリドマイド(1960年代:被害者309人)
・スモン(1955年頃より発生し、19671968年頃に多量発生:患者約12000人以上)
・薬害エイズ事件(1989年~1996年:全血友病患者の約4割にあたる1800人がHIVに感染し、うち約600人以上がすでに死亡)
・薬害ヤコブ病事件(1996年~2001年:厚労省の委員会が確認した硬膜移植後のヤコブ病患者は147名に及んでいる(2013年9月現在))
・薬害肝炎(1998年~2008年:推定投与数約29万人中、推定肝炎発生数1万人以上)
などなど。
 
また、現在『薬害』として疑われている事例は「タミフル」「ロフェコキシブ」「子宮頸がんワクチン」の3つあります。
この中でも特に我々が注意しなければならないものは、やはり「タミフル」でしょう。
インフルエンザ流行時は子供に多く処方されます。
メディアでも、時期になるとアーダコーダと取り上げて議論していますよね。
しかし「タミフル」を服用してもしていなくても「異常行動」が確認されているのは事実であるため、処方時はどちらにしろ注意が必要で、最初の2日間は目を離さないように(1人にしないように)注意すべきです。
 
『薬害』は、お薬がある限りこれからも起こる可能性があります。
いつも飲むお薬や漢方薬、自分に合っていると感じているお薬などは、そのお薬の「副作用」を気にすることは少ないと思います。
しかし、いつ何時「副作用」が出るかわかりませんし(お薬の効き目も言わば「副作用」)、どんな時・どんなお薬でも「服用時は用法用量を守り正しく使う」ことがやはり重要なのです。
 
お薬使用後、何か異変を感じたらすぐに医師・薬剤師に電話などで相談しましょう!
もしかすると、その相談がその後の『薬害』を未然に防ぐことになるかもしれません。
 
参考URL
「やっぱり、君と僕とは『運命の赤い糸』でつながっていたんだね。」
「○○さん・・・💛
END
 
なんてドラマが今あったら、「ステキ!」とか「古いなぁ。」とか、人それぞれ思うことでしょう。最近ではあまり見ないし言わない言葉になったとは思いますが、あなたは『運命の赤い糸』を信じますか?
 
私はそんなドラマチックな人間でもありませんので、あまり考えたことがないのですが、今ある状況は何かしら定められたものなのかなぁ、なんて思うようにはしています。
(何事にも前向きに考えることができますので。)
 
さて、ではなぜ『赤い糸』なんでしょうかね?何故このような言葉が生まれたのか?
皆さんは知っていますか?
『運命の赤い糸』は、中国宋の時代に書かれた「太平広記」にある『定婚店』という話に由来するんだそうです。
 
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------
唐の時代、杜陵に韋固(いこ)という男がいました。
韋固は幼いときに父母を亡くしたので、 いつも「早く結婚したい!」と思っていましたが、 良い縁談には恵まれませんでした。
 
ある日、韋固は清河を旅している途中、宋城の南にある宿場町に滞在しました。
韋固がその宿場町で滞在していると、縁談を持ちかける人が現れました。
相手の女性は、かつての清河の司馬(しば)だった潘昉(はんほう)の娘だと言います。
明日、宿場の西にある龍興寺の門前で潘家の人と会わせてくれるとその人は言いました。
韋固は、そう言われると、これは逃すまいと翌朝とても早く駆けつけました。
 
寺の門前に着いたときには、月はまだ天上に高々と懸かっていました。
ふと見ると、一人の老人が階段に腰掛け、月明かりで書物を読んでいました。
韋固は何を読んでいるのか気になり老人に尋ねてみました。
「何を読んでいるのですか?この書物の文字は見たことがないのですが。」
『この世の書物じゃないからのお。』
「では、何処の書物何ですか?」
『あの世の書物じゃ。』
「冥界の人がどうしてここにいるのですか?」
『ワシは、この世のすべての者の婚姻に関わる役人じゃ。おまえさんの女房はまだ「三歳」で、ここにはおらん。十七歳になってやっとおまえさんの家の門をくぐるだろうよ。』
「その袋には何が入っているのですか?」
『『赤い紐(紅線)』じゃよ。ワシは、冥界で婚姻が決められた夫婦となる二人の足にこの『赤い紐』を結ぶのじゃ。たとえ二人の家が敵同士であろうと、貧富の差が大きかろうと、また千山万水かけ離れていようと、赤い紐さえ結べばもう逃れられん。おまえさんの脚はもうその娘の足と結ばれているから、他の人を探してもなんにもならんのじゃ。』
「それでは、私の妻になるものは今どこにいるのですか?」
『宿場の北側にある市場じゃ。そこで、ばあさんがその娘を抱いて野菜を売っている。わしについて来れば、教えてやろう」』
 
夜が明けても待ち人は来ず、韋固はその老人とその市場に行きました。
すると、片目が見えない老婆が三歳ほどの女の子を抱いていました。
その娘は見るからに汚くて醜い子でした。
老人はその女の子を指差して韋固に言います。
『あれがお前の嫁さんじゃ。』
 
韋固は、思わず怒りがこみ上げ、
「殺してもいいですか?」
と言います。
 
『あの娘には富貴の運がある。一緒になれば幸せになる。殺すなどとんでもない。』
その言葉を残し、老人はふといなくなりました。
 
韋固の怒りは収まらず、召使に刀を渡して「あの娘を殺してくれ」と命令します。
召使は、刀を袖口に隠し市場の中へ入っていき、その娘を一刺しして逃げましたが、急所(心臓)は外れ、娘の眉間に刺さり、娘は一命をとりとめます。
 
さて、それから14年の歳月が過ぎます。
韋固は、父の古いつてで、相州の王泰という州長官の下で罪人を尋問する職に当たっていました。
王泰は、韋固が有能なのを気に入り、娘を嫁がせることにしました。
新婦は十七歳で、容貌も美しく、韋固は大満足します。
 
その新婦は、いつも眉間の間に小さな造花を貼り付け、どんなときにもはずそうとしませんでした。
韋固はそのことが気になり新婦にそのことを問うと、妻は泣きながら答えました。
【実は私は王長官の姪で、本当の娘ではありません。私の父は生前宋城の県令の在職中に亡くなりました。母と兄も相次いで亡くなり、乳母の陳氏と共に住んで、毎日野菜を売って暮らしておりました。私が三歳の時、突然無法者に刀で眉間を刺され、この傷が残りました。ですから、造花を貼って隠しているのです。その後、王泰様が盧竜に赴任したのを機に、引き取られ、この度あなたに嫁いだのです。】
 
韋固は尋ねた。
「その陳氏は片目が見えなかったのではないか?」
【そうです。どうしてそのことをご存知なのですか!?】
「おまえを刺した者は、わしの召使なのだ。なんと不思議なことだ!」
韋固はそう言うと、妻にことのいきさつをすべて話しました。
このときより、夫婦はますます互いを敬い愛するようになりました。
息子にも恵まれ「鯤(こん)」と名付け育てました。成長した「鯤」は雁門地方の太守に任命され、韋固の妻は太原郡太夫人に封じられ、老後も幸せに暮らしました。
 
後に宋城の県令がこの話を耳にし、その宿場町を「定婚店」と名づけ、さらには縁をとりもつ者や仲人のことを「月下老」と呼ぶようになったということです。
 
END
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------
このお話が基となり、日本に伝わり、「約束」の意味で使われる手の「小指」に、そして「縄」が「糸」に変わったのだと言われています。
 
いやぁ、一応バッドエンドではないお話でしたね(><)
てか、実は『運命の赤い糸』はロマンチックでもなんでもありませんでした。
小さいころから苦労をし、いざ結婚したら相手が自分を傷付けた張本人だったなんて。
 
『運命の赤い糸』は、きっかけは月下老が結んだからなのかもしれませんが、その後は女性の心の大きさに左右されるものなのかもしれませんね。
 
参考URL
肥満に効く漢方薬は「防風通聖散」だけではありません。
 
肥満対策で用いる漢方薬は数種類あり、用法を間違えると効かないなんてことがあります。
まず、「肥満の時は防風通聖散!」というイメージを取り除きましょう。
そして、「食事」「運動」を見直すところから始め、それをしてもダメな時、漢方薬はそれをしてからの「補助的なもの」として利用しましょう。
 
①防風通聖散(62
 肥満で脂肪太りや太鼓腹で「皮下脂肪」が多く、動悸・肩こり・のぼせなど、高血圧の随伴症状、むくみや便秘などがある「実証タイプの人」に用いられます。
(*実証タイプ:体力がある・筋肉質でがっちり・血色がよく、肌つやがある・胃腸が強くて便秘気味・暑がりなど)
 
②大柴胡湯(8
 主に固太り(肉付きが硬く締まっていて太っている)で「筋肉質の男性」、肝機能障害・糖尿病・不眠症・便秘症を伴う「実証タイプの人」に用いられます。
 
③桃核承気湯(61
 主に「肥満の女性」で、肌がくすみ、血行が悪く、冷え・のぼせ・便秘傾向のある「実証タイプの人」に用いられます。
 
④防己黄耆湯(20
主に「女性」で、皮膚は湿りがちで冷たく、色白でぽっちゃりした肥満・水太りや下半身のむくみがある「虚証タイプの人」に用いられます。
(*虚証タイプ:体力がなくて弱々しい・細くて華奢・顔色が悪くて肌が荒れやすい・細くて小さな声・胃腸が弱くて下痢をしやすい・寒がりなど)
 
⑤通導散(105
 主に「女性」で、体格・体力共に充実した人で、食欲が旺盛で肥満して、下腹部膨満・便秘が強く、なかなか痩せない方(生理不順も気になる方。)で「実証タイプの人」に用いられます。メタボリックシンドローム(肥満、糖尿病、高血圧症)による循環器疾患などの生活習慣病には「防風通聖散」と合わせます。
 
参考資料:
すぐに使える漢方薬入門 (著:関水 康彰)
基礎からわかる 漢方の服薬指導 (著:飯塚 晃・吉江 文彦)
参考URL
http:// www.tsumura.co.jp/kampo/info/order/
ちょっと豆知識。
グーグルさんで「野球 ユニフォーム」と画像検索すると、いろいろな野球のユニフォームが出てきます。次に、「ラグビー ユニフォーム」と画像検索すると、これまたいろいろなラグビーのユニフォームが出てきます。当たり前か。
 
さて、どちらの画像をよく見ると『野球は縦じま、ラグビーは横じま』だと気付くと思います。
野球の横じまやラグビーの縦じまは一切出てきません。何故だかわかりますか?
 
まず、野球が「縦じま」の理由は、「横じま」だと『ストライクゾーンがまるわかりになる(投手がストライクゾーンの目安にしてしまう)』からです。
 
ラグビーが「横じま」の理由は、『体を大きく見せること』ができるからです。
 
このように、人間が着る「ユニフォーム」はそれなりの理由があり着用しているのがほとんどです。
 
さて、医療関係者が着ている「ユニフォーム」は「白衣」になりますよね。
「白衣」の歴史はさほど古くありません。
「白衣」を、医師の服装として採用しはじめたのは 19 世紀後半以降のヨーロッパ・アメリカです。
それまでの医師は基本的に「黒い服」を着用していました。患者を診察する場はフォーマルな場だからです。
医師が「白衣」を着るようになったきっかけは、医学が「科学的」になっていったこと、「医師も科学者であるという考え」によるもので、「医師も科学者と同様に長袖のコート型白衣を着用することが定着していった」とされています。そして、徐々に動きやすいなど機能的な「半袖白衣」が定着していくというわけです。
ちなみに、日本での「白衣」の普及時期は大正初期。それまでは「黒い軍服」だったそうです。
江戸時代までは医師の公的資格はなく、服装も決まっていなかったそうです。
 
現在の「白衣」の着用理由は、「衛生・災害予防・制服としての機能があるため」です。
ほとんどは、汚れや洗濯に丈夫なポリエステル製の「白衣」ですが、薬品や火傷や火に耐えるよう綿で作られているものもあります。
 
医師や薬剤師などの医療関係者は「白白衣」、事務職員やその他の人は「色付き白衣」を着用していると思います。
医薬などの研究者は「コート型(ラボ・コート)」のイメージが強く、試験管達とよく似あいます。
医療ドラマなどでも前のボタンをはずして歩いている医師は、ちょっとやり手な医師又は問題児医師のイメージがあります。
歯医者さんは「ケーシー型」、海外ドラマの救命医師は「スクラブ」、介護スタッフは動きやすい「ポロシャツ」のイメージです。
ちなみに、私は「ケーシー型」を愛用しています。首元から中の服が見えないし、だらだら感がなく、背筋からビシッとする感じがするので。最近、太ってきたのでパンパン感はありますが(><)
ちなみに、この「ケーシー型白衣」はアメリカのテレビドラマ「ベン・ケーシー」からきています。
「ケーシー型白衣」は、中世の理容師の制服が起源なのですが、このドラマでベン・ケーシー(ヴィンセント・エドワーズ)がその白衣を着ており、「ベン・ケーシー型白衣」→「ケーシー型白衣」と言うようになったんだそうです。
 
手術中は医師は「青い白衣」を着ていますね。
手術医が「青い白衣」又は「緑の白衣」を着ている理由は、「視覚効果によって誘発されるミスなどを防ぐため」です。
手術時、医師は体内の血管や臓器など「赤色」を見続けます。その状態で白い物を見ると、色残像が起こり、白の反対色である青や緑のシミが視野を覆ってチカチカしてしまう。この現象を軽減させるため、青や緑が採用されています。
また、青や緑は「リラックス効果も期待できるため」とも言われています。
 
仮面高血圧の中に「白衣高血圧」というのがあるのはご存知だと思います。
病院の診察室などで医師の着る白衣を見ると、ストレスに感じ、一過性の高血圧が測定されるという現象です。
1985年に初めて提唱された概念で、統一された診断基準等はまだ存在していません。高齢になるほど頻度が高くなり、収縮期血圧が高値となる傾向を示します。
(なお、「白衣高血圧(広義)」には、「白衣高血圧(狭義)」と「インシュリン抵抗性に関連した代謝異常」の2種類あります。)
 
現代も「白衣」じゃなく「黒い服」だったらと考えると・・・、そっちの方が血圧上がってしまうかもしれませんね(><)
 
参考資料:
今すぐ話したくなる知的雑学 知識の殿堂(著:曽根 翔太)
参考URL
https://blogs.yahoo.co.jp/ito_pharmacy/69622245.html (医療関係者の衛生管理)
お薬の中には、「なぜこの薬を飲むと効果があるのか?」「よくわからないけど効くんだよね」というお薬がたまにあります。
お医者さんも適用外処方などで、通常の使用方法とは異なる処方をします(肩こりにデパスとか。)が、そのような「効く理由はよくわからないけど効くから使う」というお薬の使い方はよくあります。
 
鎮痛剤として有名な『アスピリン』もそのようなお薬でした。
『アスピリン』は何と、発売から70年間以上もの間、どうしてこの薬が痛みに効くのか?ということが謎でした。
 
ヤナギの樹皮やセイヨウシロヤナギ、セイヨウナツユキソウなどの植物を噛んだりすると、痛みを和らげる効果があることは、大昔から知られていました。
古代ギリシャの医師で薬理学者の「ディオスコリデス」は「ヤナギの葉や樹皮を細かく砕き、ワインやコショウとともに服用すると『疝痛』に効く」と記したり、ヒポクラテスも「発熱・炎症・痛みの緩和にはヤナギの樹皮がいい」と推奨しています。
1763年、イギリスの牧師「エドワード・ストーン」はセイヨウシロヤナギの樹皮を噛むと、マラリアに伴う発熱(瘧(おこり))をやわらげる作用があることを発見します。
1819年には、ある薬剤師がヤナギから「サリシン」という有効成分を分離、これを分解・酸化することで「サリチル酸」を誕生させます。この「サリチル酸」にも鎮痛効果があることを人類は突き止めますが、胃に強い不快感をもたらし、嘔吐、吐き気、出血、潰瘍を引き起こしたため、最重度の患者にしか投与できませんでした。
 
そして1897年、製薬企業バイエル社の「フェリックス・ホフマン」が、「サリチル酸」の構造を基に、副作用の弱い「アセチルサリチル酸」を合成し、189936日に特許取得、1900年に商品名『アスピリン』と名付け、販売を開始します。
(『アスピリン』の名前は「acetyl(アセチル)」の『a(ア)』と、セイヨウバツユキソウの古い植物名である「spirea(シモツケ)」の『spir』からきています。)
1915年には、初めて処方箋なしで大衆が購入できるようになり、戦争中の使用もあり、バイエル社にとっては大きな成功となります。
 
さて、『アスピリン』の効果の理由は、その後1971年まで人類は知りませんでした。
理由を解明したのは、イギリスの薬理学者「ジョン・ロバート・ヴェイン」という人で、熱や痛みの原因はPGE2(プロスタグランジンE2)であることを発見し、『アスピリン』はそのPGE2を産生するCOX(シクロオキシゲナーゼ)という酵素と結合し、PGE2を作らせないように妨害していることを突き止めます。
 
『アスピリン』の効果の理由発見がこのように遅れた理由は2つあります。
まず、
①『アスピリン』の分子量がすごく小さいため
です。
現代の医薬分子は、分子量が500程度が普通なのですが、『アスピリン』は180とほかの医薬品と比べて分子量が小さすぎるのです。
当時、低分子の医薬品は常識外れであり、分子量が小さすぎると細部の組織まで移行してしまい、目的としない組織や細胞まで効果が及び、最悪、副作用等の原因ともなるためです。
 
次に、
②「アセトキシ」という分子団を含むため
です。
「アセトキシ基」は、体内に入るとすぐに分解されてしまい効能を失ってしまう、普段の医薬創薬には用いられない基の為、創薬研究者から見ると、このような基を使った化合物は作ってみようとも思わない基なのです。
 
しかし、この2つの常識外れは『アスピリン』が歴史上最も売れている鎮痛薬である理由でもあり、解明に時間がかかったというわけです。
 
現在『アスピリン』は、年間生産数は約5万トン!
500mg錠換算で1000億錠分に当たります。
この錠剤を一直線に並べると月と地球を1往復半できるんだそうです(><)
また、『アスピリン』の最消費国はアメリカ。
年間約16000トン(全体の3分の1。約320億錠)消費していて、全国民年間100錠ほど消費しているんだそうです。
 
現在、『アスピリン』は熱や痛み以外にも効果があることが発見されていて、冠動脈疾患・心臓発作・脳卒中の予防、前立せんがん・大腸がん・膵がん・肺がんの発生と増殖の抑制、抗血栓作用も有するため「エコノミークラス症候群」などの予防、またアルツハイマー型認知症の予防にも有効ではないかともいわれています。
安価で多くに有効性のある『アスピリン』は、人類にとってまだまだ手放せないお薬となるのでしょう。
 
参考資料:
50の事物で知る 図説 医学の歴史(著:ギル・ポール)
世界史を変えた薬(著:佐藤 健太郎)
参考URL
https://blogs.yahoo.co.jp/ito_pharmacy/69678288.html (なぜ『解熱鎮痛剤』は「熱」にも「痛み」にも効果があるのか?)
https://blogs.yahoo.co.jp/ito_pharmacy/69701991.html (『解熱鎮痛剤』を使い分けよう!)
「オリンピック」「パラリンピック」には様々な競技があり、どの競技も、我々見る人にも大きな影響を与えてくれます。
 
自分は、1984年のロサンゼルスオリンピックで柔道の山下泰裕選手がケガをしながらも金メダルを取ったのを見て、「こんなに大きな人なのに表彰台で泣いている。ケガをしながらも金メダルを取るなんて、すごいなぁ。柔道って面白そう!」と感動し、中学から柔道を始めた一人であります。
 
さて、「オリンピック」の競技は大会ごとに増えたり、減ったりしています。
現在、昔あったけど今はない競技が13種目あります。
・クリケット
・クロッケー:日本におけるゲートボールの原型
・ジュ・ド・ポーム:テニス(ローンテニス)の先駆となったスポーツ
・ソフトボール
・バスクペロタ:ハイアライとも言い、セスタと呼ばれるグローブを右手に装着し、遠心力でボールを加速させてから、壁に向かってボールを投げつける競技
・ポロ
・モーターボート競技
・ラクロス
・ラケッツ:参考URL https://en.wikipedia.org/wiki/Rackets_(sport)
・ロック:クロッケーのアメリカ版の競技
・綱引き
・野球
・芸術競技
 
「綱引き」があるのは面白いですね。
なお、リレーの最後の走者を「アンカー」と言いますが、この「綱引き」が関係しています。
「綱引き」では最後尾の選手が最重要選手とされ、体重があり力がある屈強な体格の選手が最後尾を務めていました。まさに、船の「錨(アンカー)」みたいな役目をしていたところから、最後尾の選手のことを「アンカー」と呼ぶようになったんだそうです。
 
もう一つ目を引くものがあります。「芸術競技」というものです。
この競技は1912年のストックホルムオリンピックから1948年のロンドンオリンピックまで合計7回の大会で正式競技として実施された競技で、近代オリンピックの創始者ピエール・ド・クーベルタン男爵が提案した種目です。
この競技は、体を動かしません。スポーツを題材にした芸術作品を制作し採点により順位を競うものでした。
種目は「建築」「彫刻」「絵画」「音楽」「文学」の5部門あり、参加資格は参加者自身がスポーツに関係をもっている人で、応募する作品はスポーツから着想を得た作品です。
日本人もこの競技に参加しており、1936年ベルリンオリンピックでは、絵画種目(絵画)で藤田隆治さんが作品名「氷上ホッケー(アイスホッケー)」で銅メダル、絵画種目(デッサン・素描部門)で鈴木朱雀さんが作品名「古典的競馬」で銅メダルを受賞しています。
1952年のヘルシンキオリンピック以降は、競技としてではなく「文化プログラム」としての芸術展示が行われるようになりました。
 
さて、2024年のパリ五輪で採用を検討している「eスポーツ(eSports)」というものがあります。
eスポーツ」はエレクトロニック・スポーツの略で、複数のプレイヤーで対戦されるコンピュータゲーム(ビデオゲーム)をスポーツ・競技として捉える際の名称です。
全世界での競技人口は2013年時点で5500万人以上!そして、2017年時点で視聴者は38500万以上!だそうです。
「オリンピック」の競技としてはどうなんだ?と今議論されているそうですが、個人的には一度見てみたいなぁなんて思っています。自分はゲーム世代ですがゲームをするより、人がしているゲームを見るほうが楽しく感じるほうなんです。参加者の中には年俸1億円プレーヤーもいるそうなので、白熱した試合が期待でき面白そう!なんて個人的には思いますが、皆さんはどうでしょうか?
 
参考資料:
今すぐ話したくなる知的雑学 知識の殿堂(著:曽根 翔太)
参考URL
https://ja.wikipedia.org/wiki/オリンピック競技
皆さんは毎日「歯磨き」してますか?
 
ほとんどの方は毎日決まった時間に「歯磨き」していると思いますが、歯は「物を噛む」「体のバランスを保つ」「脳に刺激を与える」「表情を作る」「発音を助ける」など人間が生きるための重要なものですので、ぜひ毎日するよう心がけましょう。
 
さて、「歯磨き」をするときに付ける『歯磨き粉』、そして、使う『歯ブラシ』っていつから使われるようになったのでしょうか?
 
『歯磨き粉』は「歯磨剤」とも言い、人類最初の「歯磨剤」は、紀元前1550年頃の古代エジプトの医学書の内容が記載された「パピルス」に記載のある「ビンロウジュと呼ばれるヤシの木の実をつぶしたものと、ナイル川沿岸の土を混ぜ合わせたもの」であると言われています。
なお、エジプトでは、4世紀頃には「食塩」「黒胡椒」「ミントの葉」「アイリスの花」を混ぜ合わせた粉末が「歯磨剤」として使用されています。(・・・どえらい味がしそうですね(><))
また、古代ローマでは、人間の尿に含まれているアンモニアが歯を白くするものと考えられ、尿が「歯磨剤」として用いられていました。(・・・(ToT))
 
古代インドでは、お釈迦様が木の枝を噛んで柔らかくし、それを使って歯を磨くことを弟子たちに教えています。お釈迦様は、「体臭」や「口臭」は「心身が穢れている」と説き、特に「口臭」は特に厳しかったといいます。
この歯を磨く木を「歯木(しぼく、デンタカーシュッタ)」と言いますが、この「歯木」が人類最初の『歯ブラシ』と言われています。歯科が「デンタル」と呼ばれる語源もここからきています。
現在でも格式の高い寺院の仏教儀式では、「口臭」を消す特殊な木の実を口に含んで口臭を消す事を仏事として行うんだそうです。
 
「歯木」はインドから中国にわたり、柳楊の木を使って「楊枝(ようじ)」となります。
『歯ブラシ』と「楊枝」は、兄弟みたいなものだったのですね。
当時、歯磨き粉となるものは「塩」を使ったそうです。
 
日本には、6世紀ごろに「歯木」が仏教徒や僧の間で清めの儀式として伝わり、そして徐々に庶民へと広まっていきました。
 
1625年には、丁字屋喜左衛門という商人が江戸で「丁字屋歯磨」「大明香薬」と呼ばれる日本初の『歯磨き粉』を販売開始しました。この『歯磨き粉』は「琢砂」という細かい研磨砂に、「丁字」や「龍脳」などの各種漢方薬を配合したもので、「歯を白くする」「口の悪しき匂いを去る」というキャッチコピーも添えられて販売されました。
 
現在の『歯ブラシ』の形は、1914年にライオンが販売した「萬歳歯刷子」が基となっています。この「萬歳歯刷子」は、東京歯科医学専門学校(東京歯科大学の前身)の指導にもとづいて開発したもので、第3回内国勧業博覧会で展示され広まりました。
なお、フッ素入の『歯磨き粉』を日本で初めて発売したのもライオンです。(1948年)
 
歯を磨くことは自身にとっても、他人にとってもいいことばかりです。
歯磨きをしないと、お釈迦様に怒られる(罰当たる)かも!?
 
参考URL
あなたは写真を撮るとき、どのようなポーズを取るでしょうか?
 
「はい、チーズ!」と言われたら、片手又は両手で『ピース』をする人が多いと思いますが、この『ピースサイン』は、「Vサイン」とも言い、「勝利のアピール」「平和を祈るサイン」「楽しさや親愛の情」などを意味するボディーランゲージの一種として有名です。
 
今では当たり前の『ピースサイン』を広めたのは、イギリスの首相「ウィンストン・チャーチル」と言われています。(別の説もありますが、それは参考URLを参照してください。)
 
チャーチルは、第二次世界大戦中、空襲で被害を受けた国民へ、戦争の継続と勝利(Victory)への強い意思、激励を表現するために、この『ピースサイン(Vサイン)』を使用したのが元祖だといわれています。
また、広島と長崎に原爆が投下された際もチャーチルは『Vサイン』をしており、記者が「勝利の『Vサイン』ですね」と質問されたとき、
「これは平和(ピース)のサインだ。世界の平和は、この二本、広島・長崎によってもたされる」
と答え、『ピースサイン』になったとも言われています。
ですので、実は、日本人にとっては『ピースサイン』をすることはあまりいい意味ではないのです。
 
さて、『ピースサイン』は「勝利」「反戦」「平和」という意味を持ちますが、ギリシャでは、かつて犯罪者に向けて2本指で物を投げつける習慣があったことから「くたっちまえ」という意味があります。
また、最近の若い人は『裏ピースサイン』をする人が多いと思いますが、イギリスやオーストラリア、ニュージーランドなどでは「侮辱」「卑猥」の意味があるため注意しましょう。
また、携帯電話などで自撮りする際、『ピース』をすると高画質・高解像の為、自身の「指紋」をさらすこととなり、個人認証に悪用される危険性があるのでは!?とも言われています。
 
何はともあれ、手を使ったボディーランゲージ(ハンドサイン)は、地域や文化の違いで意味が異なることが多いので、海外に行く際は『ピースサイン』共々、注意して行いましょうね!
 
参考資料:
教養で人生は面白くなる!おとなのための知的雑学(編・著:松本健太郎)
参考URL
以前「アナフィラキシーショック」についてお話ししましたが、実際、「アナフィラキシーショック」で死亡する人数は年間何人くらいなのでしょうか?
 
近年の人口動態統計によると、アナフィラキシーショックによる死亡数は、年間5080人弱となっています。
その中でも特に多い原因は、やはり「医薬品」で2040人ほどを占めています。
特に「造影剤」や「抗菌薬」、「筋弛緩薬」などの『注射剤』による発症が多いとされています。
 
「医薬品」が原因となる「アナフィラキシーショック」は、IgE抗体を介した反応に限定される「ハチ刺傷」や「食物」によるものとは異なり、メカニズムが不明な点が多いとされています。
また、投与後のショックから死亡に至るまでの経過には、「発症の場所」「原因薬物の投与経路」「症状進行の速さ」「医療従事者による判断および治療の内容」などの、様々な要因が関与し、以前まで安全に使っていた「医薬品」でも起こることがあり、『「アナフィラキシーショック」は、状況に左右され、あらゆる医薬品・複数回使用していた医薬品などでも起こりうる』という認識を持つことが重要です。
 
「アナフィラキシーショック」の統一した診断基準は、2010年頃まで存在しませんでした。
2010年頃から世界的に診断基準の整備が進められ、日本では2013年に一般社団法人 日本アレルギー学会において「アナフィラキシー対策特別委員会」が立ち上げられ、2014年に「アナフィラキシーガイドライン」が作成されています。
 
英国の「アナフィラキシーによる死亡事例の検討」において、心停止もしくは呼吸停止に至るまでの時間(中央値)は、
「薬剤」で5
「ハチ毒」で15
「食物」で30
となっていて、薬剤性アナフィラキシーは他の原因と比べ、特に短時間で急変する可能性が高いと言えます。
また、薬剤性アナフィラキシーで死亡した55人の中で、心停止もしくは呼吸停止前に、治療薬である「アドレナリン(成人で0.3mg)」を投与(大腿前外側部に筋肉内注射)されていたのは、わずか16%であったという報告もあり、迅速な対応が行われていない(行うことができない)のが現状です。
 
「アナフィラキシー」の発症は予測困難で、ガイドラインもできたばかりとなっていますが、このような注射剤を投与される場合は特に、「前もって自身の服薬歴・投薬情報を医師に正確に伝えているか」「医療従事者が基本的知識を得ているか」「医療機関の体制が整っているのか見極める」が、患者さんが事前にできることだと思います。
 
参考資料:
医療事故調査・支援センター 平成29年 年報 事業報告(一般社団法人 日本医療安全調査機構 平成303月)内
~医療事故の再発防止に向けた提言 第3号 注射剤によるアナフィラキシーに係る死亡事例の分析~
参考URL