他にもS君という小学校低学年の慢性腎炎の子がいた。


ステロイドの服用はしていなかった。


花車な感じだったが 瞼は何時も腫れぼったい感じだった。


よく鼻血が出ていた。出だすとなかなか止まらなかった。


母親がベッド脇に何時も付いていた。


腎臓の専門医に転院すると聞いた。


その後 その病院でなく亡くなったと聞いた。


その後何年かして その母親が赤ん坊を抱いて私の家に来たことがある。


嬉しそうに 誇らしげに私に その赤ん坊を見せたのを記憶している。


当時の私の眼には 妙に年老いた母親だな。そのようにしか映えてなかった記憶がある。

40年以上昔の記憶である。

入院時 同じネフローゼで1歳以年上のK君がいた。


彼も私もステロイドでムーンフェイス 胸部と両脇は盛り上がっていた。逆に足の筋肉は減り妙に細かった。この病気を知らない人が見たら どこか変なスタイルに見えていたことだろう。

自身鏡を見るたび 辛かった。元気だったころの自分の姿は一体どこへ行ったのだろうかと思う度悲しかった。


ある時K君が腹水で膨らんだ腹を見せ 私に言った。

「この腹の傷はなぁー・・・」 観ると へその右下あたりに褐色の擦り傷のようなものがあった。

「あんまり 腹に水がたまって 裂けた傷だ。」

本当かどうかは私には解らなかった。

K君と同じように膨らんでいる自分の腹をしげしげと観た記憶がある。


その後 私は退院。外来の診察後。小児病棟へいつものように行ってみると K君のベッドは空だった。

病室でも変わったのかと思っていたら「K君は亡くなった。」と看護婦から聞かされた。

空のベッドが妙に寂しげだったことを 私は今でも覚えている。


K君のネフローゼが私と同じ微小変化群だったのか否かは分からない。


亡くなって30年は経っていただろうか。

K君の母親を知っている人と出会い 彼の仏前に手を合わせにに行った記憶がある。



                                                                         

長いネフローゼ生活の中には色々あった。


ステロイドを長期間服用しつづけても 蛋白尿(ー)にならず 漢方薬でもと誘われそれを主治医に内緒でのんでいたこともあった。


思うに治療方針に疑問があれば まず主治医に遠慮なく相談。 自身の心の声。本音を吐露するのがまず一番だと思う。

自己判断は早計かもしれない。


そういえば 入院時 某宗教への入会を強く誘われたことがあった。気持ちは揺れた。何か毅然たるものを信じたい。心安定させたい。そんな思いが 病人には健常者以上にある。


同じ病いで心の置き場所に不安を抱きつつ 勉学に就労についている人々は多いと思う。

非力な私だが 治療と自己管理の中 早く より正常値に近い範囲で病状が落ち着くことを

私は願う。