息子の部活姿を母にみせた後  先月まで入院していた病院に母をつれて行った。


かえり 桜並木を見せた。 両サイド 染井吉野は満開、それぞれ美を競うように咲いていた。


後 A川の川岸に咲く 染井吉野を見せたが 先に見せた両サイドに咲く桜並木の染井吉野の美に心 圧倒され 川岸に咲くそれのほうは 色褪せて見えた。


桜は 一本だけの孤高のそれよりも 木々数多くで咲くほうが似合っているとも感じた。

月下美人よりも菜の花と同様か・・・。


帰路は 先月 息子と見舞いに行った時と同じ道を通り戻ってきた。


先月は 息子と虹。今月は 母と桜。

先月 見舞いの後 私と息子がこの同じ道を通り かえったことを 母は知らない。

80歳の母は 一段と小さくなり 流れ行く満開の桜を 車窓から見て言った。

「世話をかける。これほどいろいろな桜を見たのは久しぶり。」


胸中をどんな思いが去来したのだろうか・・・?。自己管理の中 もっと自身を信じ 強くならなければななない、そんな必要性を感じた。


明日は 自分の通院日である。

流動食から お粥になった。空腹に固形物は美味しかったと思う。


しかし 副食には塩気はなく 酢と砂糖によって味付けがなされていたように記憶する。


1g/日程度だったか・・・。


だんだん 飽きてきて 食べなくなっていった。


ついに主治医がいった。「例外だが 好きなおかずを家から持ってきてもいい。ただし薄味。」


初めて持ってきてもらったものは 鶏肉のささみだった。美味しかった。


死んでいったk君が「ネフローゼにしては 回復が速いのは 家からの差し入れのせいかもな・・・?!。」

 そういわれた記憶がある。


普通食への憧憬は 日に日に増していたころの記憶である。


                                                     会社発

さくじつは PM 外回りの仕事があった。


桜が一気に色づいているではないか・・・!


それにしても 日本人の桜に対しての思い入れの深さを感じてしまう。


蕾み堅し  蕾み膨らむ 咲き初め 三分咲き 半ば咲き 満開近し 満開


さらに 散り初め 半ば散り 落花盛ん 散り果て等。

 

そういえば Love is a fading flower(愛はいちりんの散りゆく花) そんな たわごとを言っては 遊び呆けていた日々があった。


また 今月で辞す人が出てきた様子。やはり4カ月の勤務だった。


先月辞した人にあったが 表情は明るく 微笑みがこぼれていた。


同じ病気であっても症状は 人様々。さらに 置かれている生活環境も様々 自身に適した自己管理に注力してください。