入院治療中の人 自宅療養の人 就学中の人 病状を心配しながら職場に向かう人 様々だと思う。


安静の部分については 生活の質から 一定量の運動をと いう人もいると思う。

されど私の場合 職場において 結構動かなくてはならない日々がある。それ故休日は安静保持のほうが病んだ腎臓にとっては 適しているのである。


食事については 私の場合  1:塩分。2:蛋白質。 3:脂肪の摂取量に気をくばっている。


同じ病気であっても 第1線で活躍している人々もいるだろう。逆に 職場から離れていかなくてはならない人々もいると思う。

各人が それぞれ社会的に・家庭的に どのあたりに軟着陸できるかは 日々の自己管理に集約されていると私は思う。


情報交換は自由である。されど自己管理は自己責任である。

ネフローゼに関する様々な知識。いまは 取得も本当に簡単である。

されど取得した知識を 如何に役立たせていくかというは 人の心の深層にある部分。

代言すれば その人の知恵の部分にかかっていると私は思う。


努力してもその成果がなかなかでないのもこのネフローゼの特徴の1つである。

心折れそうになったら 本音を打ち明けることのできる人に 悩みを聞いてもらうのも一法である。


 


就労による負担の度合い 家庭おける負担の度合い


各人 当然バラバラです。


負担あってもステロイドの離脱は早く 蛋白尿も(-) 再発もなく健常者とほぼ同等の社会生活


ができる そんな人も実際いると思います。


されど そんなパターンが 各人に当てはまっていくのか否かは 解りません。


様々な情報交換を下支えに 1:安静。2:保温。3:食事の管理。4:治療等を基本軸に 自身の腎機能に


見合った生活パターンを確立するのが賢明かとも感じます。


1 2 3 4における 凸凹はあっても当然のことです。


それは そのひとの病状にともなう 生活スタイル こだわり等の要因がふくまれてきますから


                              今日も午後出勤


PS 更新が数日つづいた後 忙しさのために数日とんでしまう、

  ネフローゼを患っている腎臓にとっては 上記のようなパターンではなくて 隔日更新とか

  3日ごとの更新とか 負担は一定がよいと感じます。

ネフローゼという病気他人に理解してもらおうと思っても おのずから限界がある。

他人は他人 忙しいし 同情しようとしても そんな精神的ゆとりがないとこもある。


実際 自身 この病気を理解 受容するにも何十年もの時間を要した様にも感じる。


死に瀕し時から 何とか恢復。寛解とは人のこと。自身のネフローゼは完治。そう信じ 勉強に仕事に打


ち込んだ日々があった。しかし無理がたたり 再発・寛解の繰り返しをとってしまう。


自身の腎機能に見合った生き方を と分かっていても ブレーキは効かなかった。


そんな生き方をすると 自分の可能性が鈍るようで 人生引き算になるようで怖かった。


しかし クレアチニンの値から e-GFR換算値を知り 腎機能も加齢とともに劣化していくことを聞いたこ


ろあたりから 自身の腎機能に見合う生き方を受容できるようになってきたように思う。


より健常者サイドの生活を望むなら 自身の腎機能値を鑑みながらの 日々の生活管理に集約されて


いくのではないかと思う。     今日は午後からの勤務である。