ネフローゼという病気他人に理解してもらおうと思っても おのずから限界がある。

他人は他人 忙しいし 同情しようとしても そんな精神的ゆとりがないとこもある。


実際 自身 この病気を理解 受容するにも何十年もの時間を要した様にも感じる。


死に瀕し時から 何とか恢復。寛解とは人のこと。自身のネフローゼは完治。そう信じ 勉強に仕事に打


ち込んだ日々があった。しかし無理がたたり 再発・寛解の繰り返しをとってしまう。


自身の腎機能に見合った生き方を と分かっていても ブレーキは効かなかった。


そんな生き方をすると 自分の可能性が鈍るようで 人生引き算になるようで怖かった。


しかし クレアチニンの値から e-GFR換算値を知り 腎機能も加齢とともに劣化していくことを聞いたこ


ろあたりから 自身の腎機能に見合う生き方を受容できるようになってきたように思う。


より健常者サイドの生活を望むなら 自身の腎機能値を鑑みながらの 日々の生活管理に集約されて


いくのではないかと思う。     今日は午後からの勤務である。