男は仕事1本で許される部分もありますが 女性の場合 主婦 妻 嫁 女 母親等と果たす役割 広範囲だと感じます。


日々めまぐるしく 朝 登園・登校時は 政治家同様5分刻みだと思います。

本当は 身体を休ませてやりたい、されど実際の生活のありようは 腎臓への負担軽減は難しい。それが現実だと感じます。

それ故 無理が重なり蛋白尿 陽性。ステロイド増量または再服用。心の置き場所がわからなくなって自暴自棄になっていく人もいるかもしれません。


されど 根気よく治療と自己管理を続けていれば 必ず好転する日が来る、と自身に何度も言い聞かせて生きていくのも一つの生き方かもしれません。

どんな心的姿勢で今を生きていくのか 選択するのは自分自身であります。


生き方において 心に勇気わく人に出会えること 私は願っています。


正確には Lufthansaでした。;


発病した12歳~ 中学校時代は入院月数のほうが自宅にいた月数より長かったかもしれない。


主治医から許可が出て やっと通いj始めた中学校 午前中しか授業を受けることはできなかった。


当たり前に通えた日数 1年休学したため4年間のうち 僅か4日程度だったと記憶している。


それ故午後からある授業のほうの成績は 最低だった。


ムーンフェイスでやたら顔だけ膨らんでいた自分の体型は 本当に アンバランスで 学校内にある鏡の自分に

嫌悪感を抱いていた。 嫌味もかなり言われた。好奇心あふれる視線も心に痛かった。


冬は 腹部にカイロを入れて学校に通った。あまりに寒い時は 父がバイクで送ってくれた。

ある寒い朝 道路が凍結していて 父子 転倒した。恥ずかしかったその道路は拡張もされず今もある。


冬場は 身体が冷えてよく腹痛に襲われた。その痛みは冷たいものを飲みすぎた時起こる そんな類いの痛みではないことは明らかだった。

自宅へ戻り布団に入り 身体を温めることでおさまっていったように思う。


やがて 病状は安定期に入っていった。

治療・食事・生活態度等がそうさせていったことも事実だとも思う。

されど 「時間」という薬と「若さ」という生命力もそうさせた要因ではないかと 今思う。


 Lufthanza741便は 上空を16000フィートで もう過ぎ去ってしまったか・・・?。



発病初期から自覚、それも毅然たるそれを持っている人は稀有だと思う。


食べすぎで体調を崩し 反対に少なすぎて 眩暈をおこしたり 皆当初は手探り状態だと思う。


そのうち 就労環境 生活環境等を介して 自分の腎機能に見合った分量が定まってくるのではないか・・・?。


それを「自覚」と言うような言葉で人は表現はするのではないか・・・?。


摂取しても平気な量:健常者の量により近づくことが出来ればいいと願う!。


そうそう今日のNHKラジオPM3:00~ 腎臓病の相談でした。


今日は たまたまその時刻外回りの予定になっていたんですが 急に 内勤になってしまい聴くことができませんでした。残念。

さらに今日の内勤が やけにきつく 重い書類まで持つはめになってしまった。


夕刻 吐息の中 5Fの窓を開けると 雨はやみ 一陣の涼風が舞ってきた。


淀みきった事務所の空気と較べ 心地よかった。