1:体が血液に対するには 万年筆がインクに対するのと同じ。


2:男が酒に対するのは 女が化粧に対するのと同じ。


3:体が心に対するのは 曲が詞の同じ。


桜もちをたべた。一足早い季節を感じた。


明日が教習所の本試験日だが

息子の通勤用の中古の軽4を買いに行った。

日ごろ寡黙な息子 嬉しそうな表情で車種を選んでいた。


ネフローゼの腎臓に注意を払いながら

息子同様 私も方向を定めて上伸しなければならない。


拘わらなければならないのがネフローゼ腎なら 拘わってみたい1つが万年筆である。


MB#149 33年位使っているものは ペン先14Cでモノトーン。

27年位使っているほうも ペン先は14Cだが 一部プラチナ使用。その書き味は今もって良好である。重厚さもあるしスタイルに飽きを感じない。


MB#146も 長年使用しているが この書き味も捨てがたい。外の持ち出すのはこの方がいい。

#149よりもシャープに文字を書くことが出来る。


Pelikan#400も30年以上使用しているが 抵抗なく文字を書くことが出来る。


ペン先について14Cより18Cのほうが高級感があり 後者のPelikan#700トレドも使用することもあるが

私のの場合 筆圧が強いため 前者のほうが 手に馴染む。


今日も使用しながら思った。

MB#149が B747なら ParkerシズレはB777、Pelikan#400はB757か。


と思っていたら

「A is to B what X is to Y.」=AがBに対するのは XがYに対するのと同じ。


MB#149 is to B747 what Pelikan#400 is to B757。


ところで これは SVCの第2文型?。


暇なら 以下をやってみてください。






踊り場の長い病いゆえに それまで元気だった家族には この病気の経過を測るものさしがない。

母親のほうは 不安の中 一心に看病したり身の回りのことをしているが 父親のほうは 不安より先に

苛立ちと 医師への不信感のほうが先立ってくる。

「いくら入院してても治らないじゃないか!。検査ばっかりで先が見えん。」と転院していったケースも何件かあったように記憶する。


宗教に救いを求めていたものもいた。母方の父 祖父がほとんど毎日 病床に来ては拝んでいた。

恥かしいだけの自分だったが 祖父にとって 孫の回復 祈願せずにはいられなかったのだろう。


漢方薬の人もいた。「ちっとも治らん!」と家から漢方薬を持ってきて 呑んでいたのもいた。

そのなかに 自分が呑んでいたのと同じものを呑んでいたものがいた。

私の場合 浮腫がひどく 水分制限されていたとき呑んでいたのだろうか?。

浮腫が余計にひどくなってやめた。その話を彼にすると 彼はうなずき直ぐ止めた。

「その漢方薬。よく効くだろ。」と言ったら その彼たぶん 呑み続けていただろうと思う。

「効く。」となると その漢方薬の入っていた袋まで煎じて呑むかもしれない。

病人の心模様とはそんなものなのだ。


私の場合は本当にひどかった。腹水・胸水・陰嚢まで腫れ上がっていた。

捲るページには「ステロイド服用後 蛋白尿が陰性になると徐々に減らす。」と決まって記されている。

だが、この文頭から文末にいたるまでが どれだけ長くつらいかを心と体で知っているのは この病いとりつかれてしまっている人達か。