体調や心不安定な時 読書に時間費やした時もあった。
バートランド・ラッセルや ヒルティを読んでいた。
「幸福論」だった。 身も心も安定している人には 縁遠い方向だった。
それにしても カーネィション、心励まされるところ 多々あった。
体調や心不安定な時 読書に時間費やした時もあった。
バートランド・ラッセルや ヒルティを読んでいた。
「幸福論」だった。 身も心も安定している人には 縁遠い方向だった。
それにしても カーネィション、心励まされるところ 多々あった。
中性脂肪 114
HDL 54
LDL 145
コレステロール 222
GOT 26
GPT 31
尿酸 6.6
尿素窒素 15.0
クレアチニン 0.89=69.1%
K 5.1
血糖(空腹時) 83
CRP 0.08
ステロイド離脱25年 退院後もまだ月1度の通院加療。そんな長い病気なんですか?。
病状は安定しているので 会社での健康診断時「もっと 間隔があいても大丈夫でしょ。」
よく言われたものだった。
だが 今の季節 花粉症もある。
それに 「自己管理」という自戒心もあり この通院ペースは続けるつもりである。
クレアチニン0.89。失業中ゆえに 正直改善していくと思っていた。
だがここらあたりが 自身の病んだネフローゼ腎の戻り限界地点 ソフトランディング地点なのかも知れない。
先日家族で 鮨屋に行った。
死んだ父親が 映画を見終わった後 タクシーに乗りつけ 連れて行ってくれていた鮨屋である。
なかの造作も 主人も奥さんもそのまま。
ネフローゼになっていない頃の 元気だった子どもの頃の自分自身が その鮨屋の中にはいるような気がした。
アナゴの煮付け方も昔日と同じだった。懐かしさがご馳走だった。
息子の卒業式で始まった3月。就職用のスーツを買いに行ってもまったく興味を示さなかったが カーナビ購入となると眼の色が変わった。勢いついでにスマートフォンへ替えた。本人の顔には笑みが溢れていた。
短大卒の娘のほうは 研修・アルバイトにスノーボード。合間には引越し荷物の購入。母娘 ちょっと観るだけ長い。ベッドにカーテンetc。きりがない。手間もお金もかかる。
80歳母のほうは 家の中で転倒、骨折。手術へ。手術日の前日「国会中継はあるのか?」ととってきた。
かと思えば 配偶者へ「回診のときネグリジェがいいか パジャマのほうがいいか?」と聞いていた。
今日は「クレンジングクリームがいる。」というので持っていった所である。
そうそう手術の日 病院から「オペが1時間早くなったので。」というTEL。
「こりゃ、急がなくては」と病院へ。オペ室へ向かう母を「頑張って来い。」と激励。
ところが5分もしない間にもどってきた。「どうした?」の問いに
「後30分待ってくれと言われた。」少々しらけてしまったのだ。
それにしても同じようなことは続くものだ。
就職が決まった娘と共にしゅったつした 配偶者と娘。
「心負けるなよ。」心から願いながら送り出した 昨朝の私だった。
ところが 夜になると2人帰ってきた。
「どうした?。」と問うと「手違いで布団が届かなくなったので帰ってきた。」という。
こちらのほうも少々しらけてしまったが、今朝再び 娘を送り出したのである。