親戚の人と病気の話になった。

「ネフローゼ症侯群、いまも 対症療法でステロイド服用が中心だ。」

「今もか!」 彼の言葉はつづいた。

「腎臓に針を刺して細胞を採る。正常な部分を培養して腎臓に戻す。そんな画期的な開発は出来んのか。」

出来たらいいと思う。思うというより 腎臓病で長く患っている人のとっては願いそのものである。


小児科を 「こじか」。

整形外科を 「せいけいがいか」

高校時代 本気でそう言ってた友人がいた。

うらやましい限りである。


そう いかんせん プレゼントは交換できても 人間は 心も体も交換することが出来ない。


今月だったか、 ある高名な医師の講演会のことが出ていた。

「蛋白尿は腎臓の涙」

思わず 大きく頷くことが出来た。

昨日の友人が別れ際言った。

「お前 スロットルが777になったとき 居眠りしてたときあったろ。コインが床に落ちていた。」

別添2月12日の記事同様 私にはまったく記憶がない。


今朝は食欲(Appetite)がなく 起床時から眼がしょうぼついていた。散歩に出たが すぐ戻ってきた。

研修の疲れが 眠気を伴って出てきた。2度の仮眠ができたが眠気は抜けきっていない。

今夕は3日に1度のアルコール摂取日だが のみたくても止めなくてはならないと決している。

この英断 NHKのNewsに出るかもしれない。まあ それは

Jokeだが こんな ささやかな自己管理ができるか否かが これからの自分の自立の度合いを決していくのだと思っている。


食生活 社会生活 治療 心的スタンス等は ネフローゼ症候群のものにとって 管理は「イロハのイ」である。

そして 自分の腎臓がどのくらい上下左右の融通に耐えうるか、この部分は 各自が日々の管理の中で 嗅ぎ分けていかなくてはならない部分。つまり 応用部分と言うか 個別展開部分ともいえようか。

ネフローゼ腎に 取り組んでいるのが主治医なら

ネフローゼ腎に 心底から取り組まなくてはならないのは あなた自身なのである。

言葉は妙だが 慢性腎炎患者としての「患者学」。 持っていて損はないと感じる。







街にいったら パチン屋の前で友人にあった。

彼とは かって パチンコ大学スロットル学部 777専攻で席をならべては 顎をはずされていた。

「パチンコだけはもう やめた!」「明日からはもう 来ない!」

お互い そう777回は繰り返していたろうか・・・。

今夕の彼は 息子の一緒だった。

「親子で 大学か?」

にやっと笑ってきた。その表情にはテレがあった。

たぶん 顎を外されたのだろう。自分にも経験があるだけに看破は容易だ。

鴨がねぎをしょってになったのだろう。


私はパチンコ大学のほうは自主的中途退学となっていった

彼のほうは 留年在学中のままである。


その代わりといったら 較べようがないことなのだが 

私のほうの ネフローゼのほうに関しては まだ 在学中である。

卒業の見込みは出てこない。

畢竟 自己管理は継続ということである