自身の体調がいいときは別にして 悲しみにくれている人といるより 心楽しくなれる人といるほうがよい。


ネフローゼ症侯群 

かんでも 撫ぜても 煮ても 焼いても 本当にいかんともし難い存在である。

45年ネフローゼと共に生きているので 感情の奥底からも納得できる。


「いつ頃になったら よくなるのか?」気持ち不安になって 主治医に問ったこともよくあった。

だが そんなこと 問っても 無駄であることは 自身が本当は 一番よく知っていた。

無駄とは判ってはいても つい問いたくなってしまう、それが 病人に心理でもあった。


あと何ヶ月ぐらいで恢復し 職場に復帰できるのか?。

そんな スケジュールを計ること出来るものさしでもあれば

わが人生を悩んだり 悔いたり 元気な人を羨んだりするペース配分も判ってきて 気持ちも随分楽になるはずであった。

されど そんなものさしはない。

いや!。そんなものさしで計れるネフローゼは 私のそれよりも ずっと軽いものなのであろう。


心 落ち込んで ドつぼにはまったままの年月 私には長くあったように思う。


たまの雨も また 少々の趣きもあるか。

きょうは 報告書等作成しなければならないが e-GFR≒69たる 自分の腎機能のようにスローペースでいきたいものだ。




そんなに難しくはないですよ。

今日は 配偶者が行っていた旅行先から ケーキや生チョコが届く。

それゆえ 今朝の食事 ソーセイジの量を減らし コーヒーに入れる生クリームも我慢した。

そして 気は心で アーモンドとマカダミアナッツも食べた。


それにしても 乳脂肪のたかい生チョコ 口腔内に入れると その溶けかた まろやかで美味である。食べ過ぎてしまう。


やはり 「・・・ばっかり」はうなづけません。4つ 人によっては さらに多くの要素があると思うのですが  バランス=総合力だと感じます。


実弟「のどにしこりができていて、大学病院でCT さらには細胞診になるかも

 予約は取っている。」

「えー!」といったら 飼っている犬のことだった。

「獣医学部に連れて行く」という。

 それにひきかえ 私の近くにいる ワン太郎にセン太郎 病気になっても受診もしてもらえないと思う。

だが 彼らはマイペースである。能天気である。

年中 おんなじ毛皮をきていても この色がどうだとか 毛先のツヤがどうだとか いっこうに言わない。ただ 空腹になると 少々 羨望心が出てくるだけのようである。



客観的判断は 医師。


だが 病いにさいなまれて落ち込んでいるのは 生身の人間!。脈々とした感情がある。


それを メンタルサポートすること 不可欠と思っている。


再発→ 入院 →ステロイド されど 恢復の兆し見えない そんな時


退院→ 家庭生活へ されど 家人達の協力得られない こんな時


そう 心がないている時 ありのままの自身の胸中を聞いてくれる そして どのように心織り込むべきかの  


方向性を直接的に 間接的に示唆してくれる人が不可欠と感じている。


出来れば その人は 医療の知識を持っている人がいいと 今も思い続けている。


今朝は エールフランス292  KLM897 FIN77等 観えるかな?

そういえば 過日 アリタリア航空機も観えたな。

今は遠くからの航空機でも 双発機である。

昔日は 大陸や海を越えてくる彼女たちは4発機または3発機でなくて駄目だったようにも記憶している。