小児科病棟

ネフローゼはみな入院日数が長い。

病棟の主は 我々ネフローゼの者たちだった。

steroidで 顔は膨らみ パジャマズボンのゴムは ゆるゆる それらが我々 ネフローゼの者たちの

共通項であった。


入院中 日曜日を除き 回診は毎日あった。

主治医は 私の胸部や腹部に聴診器をあてると なかなか次の人へと移らなかった。

嫌な時間帯であった。

腹水 胸水等 また 溜まり始めて悪化し始めたのだろうか?。それ故 聴診時間が長いのだろうか

聴診の時間が 他の人より長いと 目を閉じたまま何時も本気でそう思っていた。


だが ある時 他の人より聴診の時間があまりに長いので 聴診器を私の胸部にあてたままの主治医を

睨み返した時があった。

すると 主治医は「合格!!。」と私に言った。我儘で


ネフローゼにすぐ心負けして 病と闘うことを忘れきってしまっている私に 主治医は「心 挫けて


はいけない。 精神的に 負け続けてはいけない。このネフローゼから逃げるな。」


そんな無言のメッセジを私に送ってくれたのだと 私は今もそう感じている。


昭和42年 12月 。今から47年近く前のことである。



ネフローゼで 入院日数が長くとも けっして あなた1人ではないし あなたの子ども1人だけではありま


せん。


いつ好転し始めるか 私 医師ではないので 分かりませんが「理屈抜きで きっと回復するんだ、」


そう 自身に言い聞かせることも必須要素の1つかもしれません、 そうも感じます。



免許証の書き換え 任意保険その他 きょうも いろいろでした。


いろいろあるのは Sochiだけではありません。




















入院日数が 長くなると ネフローゼ同士は 同じ病室になっていく。


4人部屋になると 4つの満月があった。


ところで 一度退院 その後 再発 再入院となると 病室はもとのそこになるとは限らなかった。


空いている病室への再入院となる。


大概そこは 急性の人たちがいる。


それゆえ 私の顔を見て そっと ささやかれていたことは 忘れられない。


「顔が変」 「ほっぺただけが 膨らんでいる。」


「好きでこうなっているわけでない!。」


病室の白い壁に 顔を向けて 舌打ちしたこと 何度もあったと思う。


そのうち 婦長が気を利かせ ネフローゼはネフローゼの病室へ移っていった。



今日も いろいろあった。


疲労のせいか 自分のいいねのところに クリックしてしまった。


早く 床に入ろう。






この病い 体カと気カのみでは 決して片づかないものだと思っている。


今日 今の胸中でこのネフローゼを表現するなら


きっても、きっても果てしなくも あてどない海の波の様にも感じる。


たが体調の良い時 ネフローゼを表現すれば 例えば、以前 透析をしていた彼が言っていた様に「俺は


腎臓以外は健常だ!」 そんな文章内容へと様換っていくだろう。


入院日数が伸び 退院のメドがつかない。蛋白尿は強陽性のままで コレステロールは高く ステロイドの


減る見込みがない。片や 隣りの同じ病いの人は ステロイドも順調に減っていく。


この先.自分 或いはこの子はどうなっていくのだろう。


もっと他により良い治療方法はないのだろうか?!。主治医への信頼も揺らぐ そんないいようのない不安


感にとらわれる。


自身にもそんな年月が長くあっただけに心底から首肯くことが出来る。


何時 快方へと向からかは. 私は医師ではないので判らない。


だが ひとつだけ言うことが出来るのは「決して一人ではない」ということです。


病棟の今時刻 消灯への準備か?


腹水でパジャマのゴムを抜き ずらないように左手でそれを持ち、右手に歯ブラシ 鏡を観ると


ブルドックのような moon face 何度、何百回 落ち込んだだろうか!。


ps 決して一人ではありません!。