とありますが 両者には何か深い意味合いでもあるのですか?


ぺた 時折 押してみると 凄い 迫力ある画面が出て来る人がありますが!。


息子は 今日 研修があったとのこと


何時もは 体を酷使 


今日は 頭を使ったとのことで ことのほか


疲れたと言っております。


炬燵にドカンと入ったまま 動こうとはしません。

中性脂肪         90

HDL            56

総コレステロール   216


GOT            22

GPT            20

ɤーGTP          23


尿酸              6.3

尿素窒素          12.6

クレアチニン         0.95(e-GFR=63.7)

K 4.4


CRP 0.05未満(-)


やはり 動物性蛋白過多

creatinine 0.95 正直自己管理のルーズさを感じた。

蛋白尿(-)

若いころは 蛋白尿の結果以外には全く興味を抱かなかった。


受診中かって 肝臓で入院していた人と会った。

私の肝機能の数値を覗き込み 羨ましそうな表情を作った。

私の思いは クレアチニンへと向かっていた。

明日も忙しいかも・・・・?


夕刻 青空が見えたので 散歩でもと思い立った。


同時に 散歩中 どんな思いが胸中に映えてくるかとも思った。


やや冷たい北西風の中 そこに 映えてきた思い等は


「昔日やった選択替えはできないが 生きなおしはこれかでもできる、決して遅くない。


60歳近くにもなってこんな思いが胸中に去来するのは やはりネフローゼ故か。」だった。


川岸近くでは ゲートボールの人々。 座ったまま 何かゲームをやっている人々。

 

スケートボードを練習している人々等 様々だった。川面は北西風によって波だっていた。


北方の山々の頂は まだ白いものに覆われていた。


上空を ロスアンジェルス発上海行きの B787が 西進していった。


娘が帰ってきていた。


皆で夕食をとった。


私の長女と長男は2歳違い。


病身の母も 自身と弟が2歳違い。


弟のおやつをとって食べた。弟の好物を横からすっととって食べたとか


楽しげに話していた。


昭和16年 戦争中の頃 皆 空腹だったという。


明日にむけ 早く安静にして ひびの入った腎臓に血流を増やしてやろう。


それにしても 本当に手がかかるし 神経を使う。