入院日数が長いばかりで好転の兆しが見えない時 や再発が頻繁なころ


笑い・楽しみを求めることをしなくなった時期があったように思う。


笑い・楽しみがあっても 所詮それらは一時のもの それらから心醒めると ネフローゼという


病が えんえんと横たわっている。


一瞬の笑いと比べ えんえんと続くネフローゼ


一時の笑いから醒めた後に感じる慢性的な侘しさ・淋しさ等 その落差が嫌だったのかもしれなかった。


ネフローゼという病に対して 心負けるな 挫けるなと 積極的な文面をつづると 今 主治医から


再発を告げられた人にとっては 傷口に塩をぬりたぐったことになるだろう。


自身にも経験があるだけに 感情的にも傷つく。


逆に この病に対して 消極的な文面をつづると 今はネフローゼから脱して 健常者と同じくらい


社会的自立している人に対し 水を差すことになる。


同じ文面でも 読み手の今の病状によって 捉え方が異なってくるのは当然と感ずる。


今日は送別会である。 私の属している部署から離れていく人たちは どこかほっとしていた。


逆に 私の属している部署に内定している人たちは 「大変なんでしょ?!」と今日も


様子を聞かれた。


就労後のアルコールは 正直 あまり嬉しくない。


腎臓への負担を思うとキャンセルが賢明である。 されどそれもできない。


胃の調子が悪いとか 花粉症がひどくなったとか 様々な演出が今宵の飲み会にも必要である。


とりあえず 出かけよう。


























Aにあった。60近い私と同年である。


彼には障がいがあり ホームに10人程度で暮らしている。


AM~PM3時ぐらいまで 軽作業に従事している。


親元を離れ 20年近くになるだろうか?。


「ホーム変わるから」と言った。


「入ってくる人若くなったし 体のほうもしんどい」とさらに言葉継いできた。


話を聞いているうちに だんだんと内容が理解できて来た。


年齢差 体力差もさることながら Aにしてみれば


自分はこういう経緯で障がいをおってきた。好き好んで障害をおったのではない 。                


20代 30代と・・・・このような疾患を重ね 今に至っている。


そんなことを理解していてほしい。大切にしてほしい。



だが 新たに入ってきた若い人にとっては 今の彼の状況しかわからない。知らない。理解しようともしな


い。新しく入ってきた人たちから 遅い ミスが多すぎる等 罵倒され続けていたらしい。


それゆえ ついに心折れてしまったようだった。


聞いていて 改めて 人間 齢いくつになっても 自身を知っていてくれる人 理解してくれる人


の存在が身近なところに必要なのだ と感じた。








仕事上の懸念を思えば 視界 不明瞭の箇所有り。


そういえば 一昨日の夜。


視界悪化のため


仁川発 岡山行き B737 空港上空等で 繰り返し旋回 


岡山空港気象条件回復待ち?

 

高度1800Mぐらいだったか。



そのさらに 1000M上空


上海発 岡山行き A321も 空港上空等で旋回。


その後 羽田発 岡山行きのB737も 岡山空港へ接近


一時 空港上空等 3500Mで旋回 気象条件回復待ちをしていたが そのうち 着陸していった。



A321は 岡山を取りやめ 代替として 関空へと向かっていった。


その後は TELがかかってきて ???だった。