夕刻 青空が見えたので 散歩でもと思い立った。
同時に 散歩中 どんな思いが胸中に映えてくるかとも思った。
やや冷たい北西風の中 そこに 映えてきた思い等は
「昔日やった選択替えはできないが 生きなおしはこれかでもできる、決して遅くない。
60歳近くにもなってこんな思いが胸中に去来するのは やはりネフローゼ故か。」だった。
川岸近くでは ゲートボールの人々。 座ったまま 何かゲームをやっている人々。
スケートボードを練習している人々等 様々だった。川面は北西風によって波だっていた。
北方の山々の頂は まだ白いものに覆われていた。
上空を ロスアンジェルス発上海行きの B787が 西進していった。
娘が帰ってきていた。
皆で夕食をとった。
私の長女と長男は2歳違い。
病身の母も 自身と弟が2歳違い。
弟のおやつをとって食べた。弟の好物を横からすっととって食べたとか
楽しげに話していた。
昭和16年 戦争中の頃 皆 空腹だったという。
明日にむけ 早く安静にして ひびの入った腎臓に血流を増やしてやろう。
それにしても 本当に手がかかるし 神経を使う。