A DAY IN THE LIFE WITH MUSIC



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2006年中国ベトナムの旅(2026Mix)その2

前回からの続きです。

 

 

 

4月28日(金)。

9時過ぎにホテルをチェックアウトして広州駅へ。

いい天気です。

 

 

駅前のカフェーでコーヒーを飲みながら旅の予定をぼんやりと考え、昼メシはその辺の屋台で弁当を買ってその辺に座って食べます。

ご飯の上に菜っ葉の炒めもの・目玉焼き・豚肉の甘辛炒めが乗って5元(75円)でした。

これがなかなか美味しかったです。

 

 

外はめっちゃ暑かったし特にすることもないので駅の構内で本を読んだりうたた寝したりして時間を待ちます。

 

ちなみに中国の列車の座席は

硬座・軟座・硬臥・軟臥

の4種類があり、「硬」はクッションなし、「軟」はクッションありを、「座」は座席、「臥」は寝台を意味します。

運賃が最も安いのは硬座で、ワイが買ったのはまさにこの硬座です。

 

 

なお南寧まで12時間(!)かかるらしいです。

しかも座りっぱなしですよ。

相当疲れるなと覚悟していたのですが実際は座席はそれなりにクッションが効いていて、しかも車内はエアコンも効いていて意外と快適です。

弁当やインスタントラーメン、お茶にビール、土産物までワゴンで売ってます。

 

そして時間通り(!)16時過ぎに出発。

本を読んだり車窓を流れる風景を眺めたりして時間を潰します。

 

 

 

日付が変わり4月29日。

夜の1時を過ぎたあたりから空席が目立つようになり、カップ麺を買って食べた後、空いてるシートに移動して横になってしばらく寝ることが出来ました。

 

 

南寧に到着したのは朝の4時半。

うん、確かに12時間以上かかったわ。

外は夜明け前で真っ暗です。

 

それでもまだまだ国境までは遠い。

中越国境へ行くためにはここからさらに西の憑祥(ピンシャン)という町まで汽車で行かねばならないらしい。

 

ちゅうわけで駅を出ると早速、憑祥行きの汽車の切符を購入しました。

こんな早朝でも普通に駅の窓口が開いてるのには驚きましたが、さすがにこの時間は並んでる人も少なく5分ほどで切符は買えました。

出発は朝の8時だったので近くのメシ屋で朝食をとり、その辺を散歩します。

 

 

南寧から憑祥までは汽車で4時間。

憑祥に着いて天気が良ければそのままベトナム入りしよう、天気が悪けりゃそこで一泊しよう、と地図を見ながら行き先や行動予定をその時の気分で考えるのです。

 

 

 

昼過ぎに憑祥に到着。

トータル16時間以上の汽車の旅(!)ですよ。

ええ天気やからそのままベトナム入りするで。

 

駅前は三輪バイクタクシーの呼び込みが激しく、それらをかわして昼食をとることにしました。

さすがに中国西端の憑祥までくるとベトナムっぽいというか東南アジア風味がそこはかとなく漂います。

なんとなくですが。

 

昼に食べたラーメンもベトナムのフォーに近い感じです。

なんとなくですが。

写真がピンボケだがまあ気にすんな。

 

ラーメンを食べたあと駅を出た時に見たバイクタクシーの呼び込みの兄ちゃんと目が合う。

いやみんな目を合わせてくるわけですが。

 

どうやらワイを探していたようで、見るなり彼は、

「オマエを探しとったんや。ベトナムまで行くんやろ?乗れよ。」

などとわかったふうな口をきくのです。

いやみんなそう言うんですが。

 

 

国境の友誼関(ゆうぎかん)までの距離は15Kmくらい。

友誼関に着くとバイクの兄ちゃんは、

「ベトナムドン持ってないやろ?両替したるわ。」

とか言うので、とりあえず1万円両替してもらいました。

とはいえレートの交渉に電卓を叩いたり筆談したりで、ああでもないこうでもないと両替するのに20分くらいかかったんですけどね。

1万円で125万ドンでした。

このレートが相応なのかボラれたのかはわからん。

 

 

そしていよいよ国境超えです。

 

 

~その3へ続く~

 

2006年中国ベトナムの旅(2026Mix)その1

ブログ開設20年ということで20年前の旅の記事をリミックス改訂して再アップすることにした。

 

 

20年前の2006年4月27日から5月9日までの約二週間、中国ベトナムに行ってきました。

目的は陸路で国境を超えること。

 

みなさん、歩いて国を超えたことがありますか?

海に囲まれたこの島国日本に住んでたらば絶対に経験できないですよね。

ならば海外に行って超えたろ、という思いつきです。

 

陸路で国境を超えるとなると中国→ベトナムのルートやな、という安直思考。

とにかく中国を西へ西へと行きゃベトナムにぶち当たるやろ、と(物理)。

 

 

航空チケットを握りしめバックパックを担いでの行先も宿も未定の完全ノープランの一人旅。

文字通りのマジカルミステリーツアー。

こんな行き当たりばったりの冒険のような旅をすることは一生ないでしょう。

 

「人生は恐れさえしなければ素晴らしいものになる。

必要なのは勇気と想像力、そして少しばかりのお金だ。」

(チャールズ・チャップリン)

などと名言を捻じ込んでいきます。

 

 

 

4月27日。

関空から中国広州へ。

広州の新白雲空港に着いたのは夜。

外はすっかり真っ暗で、小雨がパラつきムッとする暑さでした。

 

とりあえずはベトナムとの国境に行くには汽車だろう、とタクシーを拾い広州駅に向かいます。

タクの運ちゃんに

「ベトナムとの国境にはどうやって行ったらええの?」

と聞けば

「まずは南寧に行け。

そこで改めて誰かに聞け。

あと、南寧に行くなら広州駅じゃなく広州東駅のほうがええで。」

とのことで運ちゃんの進言に従います。

なまくらなワイの中国語が通じたのでまずは上々のスタート。

 

 

広州東駅に到着するとまずは南寧行きのチケットを購入です。

ひと昔前だと「並ぶ」という概念のない老百姓(ラオバイシン=庶民・一般の人々の意)がゾンビのようにチケット売り場の窓口に群がり、遠慮がちの大人しい日本人なんぞは窓口にすら辿り着けず、よしんば辿り着いたとしても言葉が通じなければけんもほろろだったわけですが、みんな普通におとなしく並んでました。

中国も変わったな(20年前)。

とは言え窓口の駅員の無表情でつっけんどんな対応は変わらず。

 

なお写真はデジカメ(IXY)持参で撮影です。

当時はスマホもなかったしiモード(死語)のガラケーが一般的でした。

 

20分ほど並んで無事チケットをゲット。

94元。

翌28日夕方16時の出発です。

ってチケット良く見りゃ広州駅出発となってました。

さっきのあのタクの運ちゃんめ、何が「南寧行くなら広州東駅」や。

 

チケットを購入したあとは宿探し。

時間は夜の21時。

 

駅前でうろうろしてたら

「ホテル紹介するよー」

などと大声でしゃべってるオバタリアン(死語)二人に遭遇。

 

ワイが声をかけるとオバタリアンたちは待ってましたとばかりにホテルのパンフレットをバサリと取り出し、

「私んとこは3つ星や4つ星のホテルも紹介できるよ。

特にホラこのホテルは最近出来たばかりで云々~。」

などとまくし立てるのを遮り、

「この近くで200元以内で泊まれて、お湯のシャワーが出て冷房のあるとこないすかね?」

と一軒のホテルを紹介してもらいます。

 

ホタルまで行き、シャワーのお湯と冷房を確認(中国の安ホテルはお湯が出ない・冷房効かないは普通にあるあるなのでいちいち確認が必要なのです)。

どちらも問題なかったのでチェックインを済ませます。

200元でした。

当時は1元が約15円だったので3000円てとこか。

 

 

その後その辺の飯屋でビールを飲み遅い夕食を取り(画像なし)、疲れていたのでホテルに戻ってマッサージを頼みます。

45分で60元。

 

部屋に来たのは若いマッサージ嬢(画像あり)。

まあ今はどうだか知らんが当時はホテルのマッサージを頼んだらだいたい若い女の子が来て「特別なマッサージ」を激推ししてくるんですよ。

中国ホテルのマッサージあるあるです。

ニベもなく断るとこの子はめっちゃやる気のないマッサージをしてくれましたとさ。

 

その後、窓の外からうっすらと聞こえる広州の喧騒をBGMにワイは夢の中へ。

 

 

~その2へ続く~

 

4月後半の読書

4月後半に読んだ小説は上下巻を含む5冊。

 

前半も5冊読了だったので4月は10冊読んだことになります。

捗ってます。

 
例によって例の如く簡単読書レヴューです。
 
 
 
 
アンディ・ウィアー「プロジェクト・ヘイル・メアリー」㊤㊦
 
SFもんの大傑作。
マジでめちゃくちゃ良かったです。
特に読みたかったというわけではなかったのにこんな流れになろうとは。
あまりにも面白すぎてその勢いで映画まで観に行って気合の入ったレヴューをしました。
 
 
 
 
土屋うさぎ「謎の香りはパン屋から2」
大阪のパン屋を舞台にした日常の謎を解く連作短編ミステリの続編。
難解な大作を読んだあとはこうしたライトなミステリがちょうどよい。
 
これがいい感じで読み易く、前作同様程よく楽しめました。
ミステリも無理がなく、どれも普通にいい話で爽やかな読後感。
焼きたてのパンが食べたくなります。
 
今回はメロンパンの話があるのですが、
神戸ではメロンパンのことをサンライズと言う
ってのは実は順番が逆で、メロンパンの発祥が神戸でサンライズと名付けたものが全国に広まりいつしかメロンパンと呼ばれるようになったのです(諸説あり)。
 
そして神戸ではアーモンド形で中に白あんの入ったものをメロンパンと呼ぶことが多く(以下略)、さらにはサンライズの濁点のない「サンライス」という名称で販売しているパン屋もあるそうで(以下略)。
 
 
 
 
 
平中悠一編「シティポップ短篇集」
昨今のシティポップブームに乗っかったか?というオムニバス小説で、それに乗っかって購入したわけですがぶっちゃけシティポップ感はなかったです。
どちらかと言えば80年代のあの浮薄で都会的でオシャレな空気感を懐かしむような作品かと思います。
 
それぞれの内容も男と女の日常を切り取っただけの特にヤマもオチもない物語をスタイリッシュに描くといったもので、片岡義男とか川西蘭とか銀色夏生とか、もう名前見ただけで気分はエイティーズですよ。
 
とは言え沢野ひとしの「プリズムの少女」はシティポップどころか80年代からも遠いし(これはこれでいい作品だと思うが)、平中悠一の「かぼちゃCome On!」も出来がいいとは思えない(この二作は過去に既読だった)。
 
そういやその平中悠一原作の映画「シーズ・レイン」を久々にネットで観たのですが、映画自体の出来ははっきり言って大したことないものの、平成初期の震災前の神戸の風景を切り取った場面場面がいちいち懐かしく、この短篇集もそうした類のものであるかと思います。
 
懐かしさと切なさとあの時代特有の雰囲気と、ちょっと背伸びしたい年頃だったあの感覚を思い出し、面映ゆい気持ちになりました。
わたせせいぞうの「ハートカクテル」の世界とか憧れたよね。
 
なお、お値段もLP同様の価格(2750円)となってます。
 
結局のところ、シティポップは聴くに限る、ということです。
とは言え当時はシティポップなんて言葉はなかったし、そんな括りで意識して聴いてるヤツはおらんかったわな。
 
ワイ的にはBlu-Swingの「Sunset」がシティポップの到達点。
異論は認めます。
これももう十数年前の曲になるんか。

 
 
 
 
 
五十嵐貴久「交渉人・遠野麻衣子 ハイジャック」
五十嵐貴久の作品は過去に数冊読んだことがあるのですが、正直どれも刺さらず、とは言えなんかネットで激推ししていたので購入したのがこれ。
なんかシリーズもんらしいです。
 
昔はそれなりにあったけど今はなくなった犯罪は何か?
それはハイジャックと銀行強盗です、たぶんね。
なぜか?
それはリスクに対してリターンがあまりに低いからというのと、その場の思いつきでできるものじゃないからです、たぶんね。
 
わざわざ今時そんなハイジャックをメインにしたミステリはどういう内容なんやろ?
というので読んでみたのだが、やや肩透かしでした。
 
ネタバレになるかも知れんが、一言で言えば「グリーン家」と「オリエント急行」の合わせ技的内容。
いかにも犯人らしい人物がいてそのまま話が進むので、まあそのまま終わらんやろな、というのが想像できるのです。
 
とは言え犯人と交渉人との「声」だけのやりとりや、強行突入による解決を主張する昭和気質な刑事との軋轢など物語はスリリングに進行し、それなりに読み応えはありました。
 

 

今の時代にもし実際にワイがハイジャックするならどういう風にするやろ?

といったことを酩酊した脳みそで考えるのです。

↑おまわりさん、この人です!

 

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