毎日通る歩道橋に年老いた乞食がいる。

一人は音楽を奏でている男性の老人、

もう一人は杖を側において、

ただ紙コップを顔の前で揺らしている老婆だ。


タイの場合、乞食は組織だって行われており

それぞれ元締めがいると言われている。

乞食は身体障害者や幼子を抱いた母親、

そして老人などがいる。

一般的には子供や子供連れの乞食は

組織が裏にいると言われている。

組織は車で乞食を指定した場所へ運び

1日稼がせたあとに迎えに来るのだという。


タイ語学校に通い始めた頃

授業で乞食の話題になった。

その講師によると、一番稼ぎが多いのはMBK近辺で、

1日辺り3,000Bを超えるという。

あまりの金額の多さに授業終了後確認したが

報道番組でやっていた、間違いないという。


こういった話はタイ人にも広く知れ渡っている。

しかし、乞食がいなくならないのは

それがビジネスとして成り立ち続けるからだ。

タイ人のいう「タンブン」の精神。

タイ人は乞食に喜捨するが、

それは乞食のためではなく、自分の来世のために行っている。

そういったタイ人の心につけこんだ乞食ビジネスをタイからなくすのは

容易なことではないと思う。


チェンライの話をすると

中央市場周辺で見かけたことはあるが

その数はバンコクの比ではない。

またワーウィーのソンテオ乗り場で

老婆の乞食に絡まれた経験がある。

そして・・・・・・メーサイに日本人の乞食(物乞い)が現れた、

と言う噂を数回聞いている。

(詳しくは述べられないが、かなり信憑性の高い情報を持っている)


冒頭に書いた毎日顔を合わせる乞食はともに老人だ。

老人と言うことで裏に組織がいる可能性は低いと思っている。

一度たりとも恵んだことはないが

ここ数日、なんとなく目があっているような感じがして

気になってしょうがない・・・・・・

昨日書いた机の傾きが一段とひどくなった。

勇気を振り絞って、レイアウトの変更を試みる。


まずこれまでモニターを置いていた机について説明すると

この机、基本的に1脚である。

さきほど確認すると、

どうやったのかわからないが、

これに加えて

螺旋のある釘でコンクリートの壁に打ち付けて止めてあった。

重さに耐えかねて、この釘が徐々に下がってきた

そんな状態である。(この説明でわかるのか?)


移動場所は1ヶ所しかない。もっと小さい机だ。

ここに移してみる。

やはりモニターを置くとキーボードを置くスペースがない。

向きを替えて置く。スペース上はさっきよりマシになる。

しかしマウスを置くと、キーボードがはみ出る。

さらに足元に問題発生。

机の下に足を入れられない。

ようするに

非常に疲れる姿勢でキーボードやマウスを操作しなければならない

加えて言えば、スピーカーも置けない。


今日は半日近くかけてこの移動作業を行った。

以前の机にモニターの向きを変えて置いたほうがマシか

それともちょっとキツイ姿勢でPCを使った作業を行うか・・・・・・

ちなみに小さい方の机、液晶モニターなら問題ないスペースはある。

早く液晶モニターを買いたいのだが、なかなかそうは行かない事情がある。

机もアパートの備品なので、壊すわけにも処分するわけにも行かない。

ああ、参った・・・・・・

タイに住み始めて、年に数回は下痢になっている。

下痢と一言でいっても、その程度は様々だ。

一時的にひどいだけですぐに回復するときもあれば

1週間近く、便が落ち着かないときもある。

タイに住み始めて、本当にしんどかった下痢は2回あった。

今日はそのうちの1つを書いておきたい。


ラオスに旅行に行った帰りのこと。

イサーンのウボンラチャタニーまで戻ってきた。

夕食を食べようと思いゲストハウスの周りを歩いていると屋台街があった。

なにを食べようかと考えながらふらついていると

ラオスで会った旅行者(若いカップル)に再会した。


じゃあそこでお茶でもしましょうか、

なんてことになって、屋台で料理を注文した。

確かカオマンガイだったと思う。

その後、別の屋台でナムソム(オレンジジュース)を頼んだ。

旅先での話は盛り上がり、

別れたゲストハウスに戻ったのは9時近かった。

シャワーを浴びてすぐに横になる。

すると眠気の前に腹の痛みを感じ、トイレに駆け込んだ。

最初はただの下痢だと思った。

ところがいくらトイレに行っても下痢は止まらない。

とにかく水分を取ろうと思い

ゲストハウスの近くにあるコンビニに行って水を買って来た。

戻ると今度は意識が朦朧としてきた。

水を飲めば飲むほど、気持ち悪くなってきた。

どれだけの時間、気を失っていたかわからない。

気がついたのは吐き気がしたからだ。

再びトイレに駆け込んで、今度は嘔吐した。

嘔吐したものを見て驚いた。

夕食以降のもの全てが吐き出されたのだ。

食べたもの、飲んだもの、全てが消化されないまま吐き出された感じだった。

吐き出したおかげで吐き気は多少治まった。

すると今度は間接が痛み始めた。

どうやら熱が出てきたらしい……

安宿のベットの上でのた打ち回りながら一晩を過ごした。

いや、もう時間の感覚がなくなっていた。


そのゲストハウスには3泊程度した。

それは体力が多少回復してから数えたのであって

泊まっているときは考える気力もなかった。

今であれば飛行機ですぐにバンコクに戻り

保険の利く病院に駆け込んで入院しただろう。

でも当時の「地球の歩き方」には

ウボンラチャタニーとバンコクの間は週に4便という表記だった。

時間もわからないし

(タイ人に聞けるほどのタイ語力も持ち合わせていなかった)、

バスで帰るしかないと思っていた。

しかし、この体調でバスに10時間以上乗るのもしんどい。

少しでもバンコクに近い土地に、ということで

以前行ったことのあるコラートまで行こうと思った。

コラートに行けば、そこそこのホテルを知っている……

確かカードも使えたはずだ。

結局コラートでも2、3泊した。とにかく体力的にしんどかった。

バンコクに戻って、財布が戻ってきた喜びはあったものの

1週間くらいは使い物にならないくらい、体力が落ちていた。


ひどい下痢をやって、しばらくは食欲もなかったので

その直後の一時帰国では、友人たちに

「どうしたの?なんかすごく痩せたんじゃない?!」

散々言われた。今はそのときよりも○○キロほど増えている……


このときはクレジットカードは持っていたものの

これほど長くバンコクを離れる予定はなかったので

金銭的な不安が大きかった。

以来、バンコクを離れるときは、

予算にゆとりを持って出かけるようになった。

整理整頓が苦手だ。

掃除も好きじゃない。

そんな私の部屋はひどいありさまだ。


PCはデスクトップ。

狭い部屋にはノートブックの方がいいのだが

壊れてしまい新品を買う余裕もなかったので

はるかに安いデスクトップを友人に安く譲ってもらった。


机の周りは関係のある書籍やらCDROMやらで

滅茶苦茶な状態。

元々土台のしっかりしていない机。

これがついに傾いてきた。

モニターは最近流行の液晶なんて格好のいいものじゃない。

モニターやら書籍の重さに耐えられなかったようだ。


しかし、一度コードを抜いてしまうと

わけがわからなくなりそうな気がする。

レイアウトを変更するにしても

どうすればいいのか、思いつかない。

近いうちに手をつけなければならないのはわかっているが

なかなか手をつけられないのはそういった事情がある。


友人の一人がチェンライを去った。

本人の話によると当分来ないらしい。

戻ってくるのは来年になるようだ。

再会を楽しみにして待つとしよう。

久々にタイ語の本を買った。

学習書ではないタイ人が書いたタイ語の本。

タイ語の本は結構持っているけれど

最初から最後まで読み終えたと自信を持って言える本はない。

エッセイがいくつも載っているような本が多く、1本1本は読み切っている。


別の語学学校で別の講師が

同じ外国人が書いたエッセイ集を教材に使った。

筆者であるアンドリュービックスという男性は

流暢なタイ語を操り、テレビにも出演しているオーストラリア人だ。

外国人の書くタイ語のせいか、

タイ語学習者にも比較的読みやすいタイ語だと思う。

エッセイ集を読む限りではそれほど感じなかったが

タイ人に言わせると

表現がストレート過ぎてあまり好かないらしいが……


エッセイの場合、文語ではなく口語を使っているときが多い。

自分的には、文語の方が好きだ。

最初はそれが口語だとは気付かなかったりして

悩んでしまったことがある。

さすがに最近はなくなったが……


久々に買ったタイ語の本。

これもエッセイ集のようなものだ。

時間があるうちに読んでおきたいと思う。

全部は無理にしても、何本かは今月中にでも読んでおこう。


え、どんな内容かって?!

んなこと言ったら、ここで書かねばならんでしょう?

少しは逃げ道、作らせてください……