レトロショップ成穂堂ケンの苦悩と爆笑の日々 -826ページ目

10/8、結婚記念日だった

ふと気づいたのだけど、

今日は所謂、結婚記念日というやつだ。

随分遠い昔のことなのに、記憶は鮮明に残っている。

時空がねじれて、すぐそこにつながっているようだ。

自分の中での大きな出来事というのはそんなものかも知れない。



当時、僕は新刊書店の新規立ち上げに携わっていた。

結婚式前日に式を挙げる軽井沢高原教会に向かうことになっていた。

当日は開店準備の追い込みで、徹夜で仕事をしていた。

僕は、仕事を終えたその足で、待ち合わせ場所の大阪駅に向かった。

家内が大阪駅のホームで「おはよー」と言って手を振っていたのを覚えてる。

きっと僕が電車の時刻に間に合うかどうかハラハラしていたに違いない。

新大阪から東海道新幹線に乗り継いで、食堂車で朝食をとった。

時間に間に合いほっとしたのか、

目的地の中軽井沢に着くまでの間、殆ど眠っていた。

東京で、電車を乗り継いだと思うのだけど、そこの所の記憶は全くない。


結婚式は家族と当日かけつけてくれた何人かの友達のみの

本当にささやかなものだった。


式は30分程度ではなかったろうか。


観光地という事もあり、

馬車に乗った僕たちを観光に来ている方々が、拍手で祝ってくれた。

まさか馬車に乗るなんて思ってもみなかった。

家内にそれを言うと、事前の説明にちゃんとあったと言う。


馬車といえば、この時の御者のおじさんのいでたちは、

後々まで僕達に強烈なインパクトを残した。

御者のおじさんは白いタイツをはいてベストをはおり、

頭にはテンガロンハットのようなものを被っていた。

僕には、パッチをはいた怪しいオッサンにしか見えなかった。

夜は家族がホテル近くのステーキハウスを予約してくれていた。

ログハウスのよい雰囲気の店で、披露宴がわりの食事会をした。

全てが慎ましやかで心温まるものだった。

時はバブル全盛期。

どこまでも派手な結婚式が当たり前の中、

そんな結婚式を良しとしてくれた家族に感謝。

祝いに駆けつけてくれた友に感謝。



ところで、今日は終日外出しており、家内も仕事でバタバタしていた。

気がつくと、ケーキ屋も開いていない。

取りあえず、深夜まで営業しているスーパーに寄ったらショートケーキが売っていた。

夜遅くだけど、家族でお祝いした。

何か「感謝」の気持ちを持つのって、いいもんだな。