古本屋めぐりについて思うこと
ふと思う事がある。
僕は読書が好きで本屋になったのではなく、
本そのものが好きで本屋になったのかも知れない。
何かで読んだのだが、
本のコレクションのみに情熱を燃やす方々がいるらしい。
彼らには、ちゃんとした呼称があるのだが、思い出せない。
この方々は手に入れた本を、
決して読むことはないそうだ。
分からないでもない。
僕も60~70年代のコミックを収集している。
これはもう、読むという事よりも、
所有する事に重きがある。
多くのものは、それに見合った金額を支払えば、手に入る。
だけど、それは自分なりのルールに反する。
店頭の別枠の棚に陳列されているものを
購入しても面白みに欠ける。
古本屋で一般コミックと共に陳列されている彼らと、
いかに絶妙のタイミングで巡り会えるか。
考えるだけでワクワクする。
かと言って、彼らを見つけ出すのに、何らかの技術がある訳ではない。
呼吸を整え、徐々に神経が研ぎ澄まされてくるのを待つ。
やがてカチッとスイッチが入り、
僕の前には棚に並べられて本だけが浮かび上がってくる。
深い眠りから目覚めたように、
彼らはそっと僕に囁きかけてくる。
僕が彼らを見つけるのではなく、
彼らが僕を見つけてくれるのだ。
目と目が合ったときの感動は、表現し難い。
勿論、長年の間には自店に持ち込まれたものもある。
彼らは「やあ、おいらだ。随分汚れてしまったよ。少し磨いてくんな」と
懐かしげに語りかけてくる。
僕はニッコリ笑い、彼らを迎え入れる。
憑かれたように本を探し歩いた時期があった。
あれは何だったのだろう?
思い返すと楽しくもなんともなかった。
ある時、非常に疲れている自分に気づき、
ぱったりと古本屋通いをやめた。
それから随分たって、家内とふらっと古本屋に立ち寄った。
僕の目には、並べられた本たちが
柔らかい光を発しているようにみえた。
何かが解けていくような感じだった。
以来、緩やかなペースで古本屋巡りをしている。
何事も焦らず自然に任せるのがいいのだろう。
コレクションの為の本。読むための本。
気が向けば購入する。
楽しき日々だ。
僕は読書が好きで本屋になったのではなく、
本そのものが好きで本屋になったのかも知れない。
何かで読んだのだが、
本のコレクションのみに情熱を燃やす方々がいるらしい。
彼らには、ちゃんとした呼称があるのだが、思い出せない。
この方々は手に入れた本を、
決して読むことはないそうだ。
分からないでもない。
僕も60~70年代のコミックを収集している。
これはもう、読むという事よりも、
所有する事に重きがある。
多くのものは、それに見合った金額を支払えば、手に入る。
だけど、それは自分なりのルールに反する。
店頭の別枠の棚に陳列されているものを
購入しても面白みに欠ける。
古本屋で一般コミックと共に陳列されている彼らと、
いかに絶妙のタイミングで巡り会えるか。
考えるだけでワクワクする。
かと言って、彼らを見つけ出すのに、何らかの技術がある訳ではない。
呼吸を整え、徐々に神経が研ぎ澄まされてくるのを待つ。
やがてカチッとスイッチが入り、
僕の前には棚に並べられて本だけが浮かび上がってくる。
深い眠りから目覚めたように、
彼らはそっと僕に囁きかけてくる。
僕が彼らを見つけるのではなく、
彼らが僕を見つけてくれるのだ。
目と目が合ったときの感動は、表現し難い。
勿論、長年の間には自店に持ち込まれたものもある。
彼らは「やあ、おいらだ。随分汚れてしまったよ。少し磨いてくんな」と
懐かしげに語りかけてくる。
僕はニッコリ笑い、彼らを迎え入れる。
憑かれたように本を探し歩いた時期があった。
あれは何だったのだろう?
思い返すと楽しくもなんともなかった。
ある時、非常に疲れている自分に気づき、
ぱったりと古本屋通いをやめた。
それから随分たって、家内とふらっと古本屋に立ち寄った。
僕の目には、並べられた本たちが
柔らかい光を発しているようにみえた。
何かが解けていくような感じだった。
以来、緩やかなペースで古本屋巡りをしている。
何事も焦らず自然に任せるのがいいのだろう。
コレクションの為の本。読むための本。
気が向けば購入する。
楽しき日々だ。