レトロショップ成穂堂ケンの苦悩と爆笑の日々 -532ページ目

朋あり、遠方より来る、また楽しからずや

幼馴染みから電話があった。

突然だが、今、こちらに向かっていると言う。

やつと初めてあったのは、4歳か5歳の頃。

親友というより、兄弟の感覚に近い。

当たり前のように、一緒に旅にもでた。

旅といっても、車で行ける範囲の旅だ。


そんな旅の一つ。

社会に出て間もない頃、

僕たちは5日間ほどの夏休暇をとり、ふらりと旅に出た。

車は今にもエンコを起こしてしまいそうな、

10年越えのカローラスプリンターだった。

行き先は、僕が目をつぶって何度か体を回転させ、

適当に指差した方角。

指は北東を差していた。

地図を開くと、信州方面だ。

取りあえず、名神高速に乗ろうということで

豊中インターから京都方面に向かった。

京都を過ぎたあたりで、

カランカランと金属が地面を打ち付ける音がしだした。

大津インターで、車を確認するとサイドバンパーが剥がれかけていた。

大胆にもその場でサイドバンパーを引き剥がし、

僕たちは中央道諏訪インターを目指した。

高速をおり、砂利道に入った時、車がいきなりエンストを起こした。

キーをひねると、何だか悲鳴に似たような音をあげ

エンジンがかかった。

もうもうと砂煙をあげながら、スプリンターは走った。

殆ど、前が見えない。

砂利道を抜けても砂煙はあがったままだった。

そこで、二人は気がついた。

「おいら思うんだけどさあ、これ、砂煙ちゃうよな。

ボンネットから白煙、あがってるんちゃうの?」

「僕もそう思う」

「取りあえず、エンジンを切って、車から降りたほうがいいんじゃないかな?」

「僕もそう思う」

そんな会話だったと思う。

地図を見ると、幸い白樺湖近くまで来ているらしい。

ガソリンスタンドに持ち込んだのか、JAFを呼んだのか覚えていないが、

修理をしてもらいながら、

「砂煙と白煙が分からんか!」と大笑いした。

その日は、白樺湖のロッジに泊めてもらった。

翌日は、白樺湖からみえる一際目立つ山に向かった。

蓼科山だったろうか?

当然ながら、そんなにうまくその山に向かっている道路は辿れなかった。

出鱈目に走っているものだから、

もうどこに向かっているのか見当もつかない。

カーナビなんてシャレたものはない。

目指した筈の山も姿を消し、

僕たちは迷ったように(事実、迷っているのだが)林道を走った。

しっかり舗装はされているのだが、

どれだけ走っても林道から抜けられず、

少なくとも僕は、何か得体の知れないものに化かされているのではないかと、

真剣に思い始めていた。

日は完全に落ち、時計を見ると夜の8時頃だったのを覚えている。

助手席にいた僕が、幼馴染を見て話しかけようとした時に、

運転手側の窓の遠くに、一瞬、動く光りを見たような気がした。

錯覚かと思ったが、チラリ、チラリと光りが走る。

「出たか!」と思ったが、何か様子が違う。

窓を開けると、僅かながらリズミカルな音が聞こえた。

間違いなく電車だ。

どこかは分からないが、兎も角、線路と平行して走る道路にいるようだった。

まだまだ、話は続くのだが、

僕と幼馴染はそんな行き当たりばったりな旅を年に2回ほどし続けた。

お互いが家庭を持ち、そんな旅にも出なくなったが、

会う度に、そんな時代の話を懐かしくする。

そして、またそんな旅に出ようぜ!と言う。

誰しも見えない何かに向かって進もうとした時代がある。

いくら時が流れても、心の奥深くにそいつは息づいているのだろう。






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