考えること、伝え続けること
ふと思ったのだけど、本屋なのに、びっくりするくらい本の紹介をしていない。
たまには、本について書かないと、僕自身、僕が本屋であるという事を
忘れてしまうのではないかと、思ったりする。
で、唐突に書き始める訳だが、
1990年代初頭には、すでに町の本屋の存在が危ぶまれだしていた。
事実、僕も新刊本屋から撤退し、それでも本屋であり続ける事を願い
古本屋という道を選んだ。
本の持つ力、大切さを伝える為に、僕に何ができるのだろう?
それを考え、語り続けることは、
同時に自分の根っこを持つこと、翼を持つことに、つながるような気がする。
そして、それは親が子に「どう生きるか」を語り続けるくらい大切な事だと思う。
だけど、そういう僕は、新刊屋時代には、本を売ることしか考えていなかった。
何の知恵がある訳でもなく、何の技術がある訳でもない。
店舗では色々と、矛盾を抱えている。
でも、僕は走り続けようと思う。
以前、ご紹介したがbook storehouse というサイトを
意思を同じくする仲間と立ち上げた。
それなりに日々日々、新しい細胞が生まれ、
少しずつカタチになっていってはいるが、
ご覧頂いても「何のこっちゃ分からん」というサイトだ。
折角、ご参加頂いた方々にも何も提案できていない。
先々週から、その中で1冊の本をきっかけに、
何かを語ろう!みたいな試みをはじめた。
Google+ハングアウトといったもので配信する。
ユーチューブにもアーカイブが残る。
全然、たいそうなものではない。
誰でも参加できる。
たどたどしく話す話し手と聞き手。
ご興味のある方は book storehouse をのぞいてみて頂きたい。
7/22(日)夜、僕はその中で「14歳の君へ」池田晶子著という本を元に
兎に角、しゃべってみようと思っている。
だいたい、僕は高校の修学旅行委員の時以来、
人前で話したことがない。
脈略を持って、話せるはずがないことも分かっている。
ご覧頂いて、あの程度なら自分も参加できるぜ、
と思って頂けたら有り難い。
読んでみようと思われる方は、当方に在庫あります。大手Aさんより多少高いですが・・・

「14歳の君へ」は時期を同じくして、
家族で始める「本を読み考える会」で、
取り上げる予定の本である。
専門用語を使わずに、
「生きるとはどういうことか・どう生きるのか」を綴っている。
僕が「池田晶子」という哲学者・文筆家を知ったのは5年ほど前である。
恐らく、本という媒体があったからこそ知り得た人物である。
我々は、風のように駆け抜けた著者の言葉を、もう聞くことは出来ないが、
本というものを通して紡ぎ出された言葉に耳を傾けることは出来る。
心に響く1冊や著者を見出すというのは
とんでもない原石を見つけ出したのと同じだ。
この本の「はじめに」を読んで、心に残る言葉があった。
思わず書き出すと、帯にも書いてあって「ん~」と唸ってしまった。
「どんなに不幸な時代であっても、
幸福な人が不幸になることだけは決してない、と約束するよ」

たまには、本について書かないと、僕自身、僕が本屋であるという事を
忘れてしまうのではないかと、思ったりする。
で、唐突に書き始める訳だが、
1990年代初頭には、すでに町の本屋の存在が危ぶまれだしていた。
事実、僕も新刊本屋から撤退し、それでも本屋であり続ける事を願い
古本屋という道を選んだ。
本の持つ力、大切さを伝える為に、僕に何ができるのだろう?
それを考え、語り続けることは、
同時に自分の根っこを持つこと、翼を持つことに、つながるような気がする。
そして、それは親が子に「どう生きるか」を語り続けるくらい大切な事だと思う。
だけど、そういう僕は、新刊屋時代には、本を売ることしか考えていなかった。
何の知恵がある訳でもなく、何の技術がある訳でもない。
店舗では色々と、矛盾を抱えている。
でも、僕は走り続けようと思う。
以前、ご紹介したがbook storehouse というサイトを
意思を同じくする仲間と立ち上げた。
それなりに日々日々、新しい細胞が生まれ、
少しずつカタチになっていってはいるが、
ご覧頂いても「何のこっちゃ分からん」というサイトだ。
折角、ご参加頂いた方々にも何も提案できていない。
先々週から、その中で1冊の本をきっかけに、
何かを語ろう!みたいな試みをはじめた。
Google+ハングアウトといったもので配信する。
ユーチューブにもアーカイブが残る。
全然、たいそうなものではない。
誰でも参加できる。
たどたどしく話す話し手と聞き手。
ご興味のある方は book storehouse をのぞいてみて頂きたい。
7/22(日)夜、僕はその中で「14歳の君へ」池田晶子著という本を元に
兎に角、しゃべってみようと思っている。
だいたい、僕は高校の修学旅行委員の時以来、
人前で話したことがない。
脈略を持って、話せるはずがないことも分かっている。
ご覧頂いて、あの程度なら自分も参加できるぜ、
と思って頂けたら有り難い。
読んでみようと思われる方は、当方に在庫あります。大手Aさんより多少高いですが・・・

「14歳の君へ」は時期を同じくして、
家族で始める「本を読み考える会」で、
取り上げる予定の本である。
専門用語を使わずに、
「生きるとはどういうことか・どう生きるのか」を綴っている。
僕が「池田晶子」という哲学者・文筆家を知ったのは5年ほど前である。
恐らく、本という媒体があったからこそ知り得た人物である。
我々は、風のように駆け抜けた著者の言葉を、もう聞くことは出来ないが、
本というものを通して紡ぎ出された言葉に耳を傾けることは出来る。
心に響く1冊や著者を見出すというのは
とんでもない原石を見つけ出したのと同じだ。
この本の「はじめに」を読んで、心に残る言葉があった。
思わず書き出すと、帯にも書いてあって「ん~」と唸ってしまった。
「どんなに不幸な時代であっても、
幸福な人が不幸になることだけは決してない、と約束するよ」
