子供の勉強について、つらつらと思うこと
夏休み直前。
家内は、子ども達の懇談会で、
店に入ったり、学校に出向いたりとバタバタしている。
長男も高3なので、受験相談を兼ねた懇談会があるようだ。
それは、正攻法でどこを受験するかというものではなく
どこの大学の推薦枠に潜り込もうかという戦略会議のようなものだ。
何か親がかりで大変だし、首を傾げたくなるが、それが現実のようだ。
それ以前に、僕の時代は大学側も
そんな大々的な生徒獲得作戦なんて取らなかったと思う。
ある意味、大学に進みやすいのは賛成だ。
で、しっかり勉学に励まないと卒業できないと言うほうがよい。
出来れば、それは実社会に生きるような内容であってほしい。
ところで、子供たちの成績である。
うちの子供たちはのらりくらりと勉強をしない。
なぜ、勉強が必要かという以前に、
根気良く物事を考え、解くという事をしない。
いくら諭そうが、しないものはしない。
そこで去年から、前回に比べて成績があがれば
「ほしいものを言うがよい。買ってしんぜよう」
という、博打的な作戦に出た。
効果てき面とはこの事を言うのだろう。
3人とも、成績はものの見事に上がりだした。
あと数日で、彼らは成績表を持って帰ってくるが、
中間・期末などの成績を見ている限り
今回も、確実に成績は上がっている。
「何の為の勉強か!褒美が出るから勉強すると言うのは如何なものか!」
という、正攻法で来られると、
「ははぁ、あなたの言う事もごもっともです」
となってしまうのだろう。
だけど、何か楽しみがあってもいいだろうと思う。
徐々に、子供たちは、
「それ知っている。それ出来る」という事が
結構、楽しいことだと思えだしてきたようだ。
考える力の大切さも、少々分かってきているかも知れない。
うちの子供のように、
将来どうなりたいかは分からないけど、
今は、兎も角勉強をしたほうがよさそうだという程度にしか、
考えられない子供も多いのではなかろうか。
ニンジンをぶら下げるのは、
対症療法みたいなものだと言われるかも知れないが、
頑張れば、希望は実現するというという経験も大切だと思う。
そして、その中で行った努力は本物のはずだ。
将来、目標ができれば、
彼らはきっとそれに向かって走り出すだろうと僕は信じている。
恐らく、論じだすときりがないと思うので、ここらで筆をおく。

家内は、子ども達の懇談会で、
店に入ったり、学校に出向いたりとバタバタしている。
長男も高3なので、受験相談を兼ねた懇談会があるようだ。
それは、正攻法でどこを受験するかというものではなく
どこの大学の推薦枠に潜り込もうかという戦略会議のようなものだ。
何か親がかりで大変だし、首を傾げたくなるが、それが現実のようだ。
それ以前に、僕の時代は大学側も
そんな大々的な生徒獲得作戦なんて取らなかったと思う。
ある意味、大学に進みやすいのは賛成だ。
で、しっかり勉学に励まないと卒業できないと言うほうがよい。
出来れば、それは実社会に生きるような内容であってほしい。
ところで、子供たちの成績である。
うちの子供たちはのらりくらりと勉強をしない。
なぜ、勉強が必要かという以前に、
根気良く物事を考え、解くという事をしない。
いくら諭そうが、しないものはしない。
そこで去年から、前回に比べて成績があがれば
「ほしいものを言うがよい。買ってしんぜよう」
という、博打的な作戦に出た。
効果てき面とはこの事を言うのだろう。
3人とも、成績はものの見事に上がりだした。
あと数日で、彼らは成績表を持って帰ってくるが、
中間・期末などの成績を見ている限り
今回も、確実に成績は上がっている。
「何の為の勉強か!褒美が出るから勉強すると言うのは如何なものか!」
という、正攻法で来られると、
「ははぁ、あなたの言う事もごもっともです」
となってしまうのだろう。
だけど、何か楽しみがあってもいいだろうと思う。
徐々に、子供たちは、
「それ知っている。それ出来る」という事が
結構、楽しいことだと思えだしてきたようだ。
考える力の大切さも、少々分かってきているかも知れない。
うちの子供のように、
将来どうなりたいかは分からないけど、
今は、兎も角勉強をしたほうがよさそうだという程度にしか、
考えられない子供も多いのではなかろうか。
ニンジンをぶら下げるのは、
対症療法みたいなものだと言われるかも知れないが、
頑張れば、希望は実現するというという経験も大切だと思う。
そして、その中で行った努力は本物のはずだ。
将来、目標ができれば、
彼らはきっとそれに向かって走り出すだろうと僕は信じている。
恐らく、論じだすときりがないと思うので、ここらで筆をおく。
