レトロショップ成穂堂ケンの苦悩と爆笑の日々 -286ページ目

穏やかさの向こうにあるもの

お得意さんから片付けたい部屋があるのだけど、と依頼を受けた。

邸宅街にあるそのお宅は、まわりより一際目立って大きい。

見積りに伺うと、三匹のワンちゃんが出迎えてくれた。

Sさんは「年を取るといけませんねえ。

自分達で片付けようという気力がないのですよ。

かと言って、嫁いだ子ども達に頼むのもなんですし」と。

何がきっかけだったのか、

その一部屋は見事なくらい物置小屋と化していた。

「いつ片付けに入りましょうか?ひょっとすると、一日では無理かも知れません」

と、訊ねると

「日々のワンちゃん達の散歩以外、特に用事もないので、お任せします」と。

お茶を頂きながらしばらくお話をしたが、

そこでは速さの違う時計が動いているようだった。

ご主人は物静かな方で、映画鑑賞とオーディオが趣味。

ちょっとした骨董もお好きなようで、ニコニコとお話になる。

そのお話の内容や表現から、とても有能な経営者かビジネスマンだったことが分かる。

ご夫人は本好きを絵に描いたような方。

広いジャンルをお読みになる。

手塚治虫や藤子不二雄などの初期の頃の作品の復刻版があったので、

お聞きしたらご夫人がお読みになるのだとか。

粋な方だ。

お二方とも僕のような若造にも丁寧で謙虚に対応してくださる。




何故か成穂堂はご年配のお得意さんが多く、沢山の教訓を頂く。

お話を聞いていて、何事もない順風満帆な人生なんてないのだとつくづく思う。

今の穏やかさの向こうには、様々な苦しみや哀しみがあったんだなあ。



Sさんに「まだ、真新しいものもありますが、片付けてもいいのですか?」と、お聞きすると

「年とともにね、欲しいものはなくなってくるのですよ。

本当に必要なもの以外は何もいらない。

どなたかに使ってもらって下さい」と。

そしてこうも仰った。

「ねえkenさん、多くのモノをもつより、多くの思い出を持つことですよ。

家族との思い出、友達との思い出、それに沢山の体験をすることです。

そういった事に時間とお金を使いなさい。

あなたも年を取ると分かりますよ。

切磋琢磨し、いい人生をお行きなさい」

その言葉は僕にとって、思いがけないほど深く心にしみ入った。

僕は家族の為にどれだけ時間をかけてきたのだろう?

友の為にどれだけ時間をかけてきたのだろう?

志を同じくする仲間の為にどれだけ時間をかけてきたのだろう?


我以外全て師というのは、ほんとうだ。

そして、能ある鷹は爪を隠すというが、それ以前に爪は磨ぐものなのだ。


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