レトロショップ成穂堂ケンの苦悩と爆笑の日々 -280ページ目

『アンティーク&古本』成穂堂的戦略

この倉庫、いや店に腰を据えて6年半になる。

阪神間で新刊屋をやりながら、

地元駅前に成穂堂をオープンさせたのが2000年7月。

茹だるよな暑さが続く日だった。

それから、新刊屋を閉じて古本屋一本で走り出したのが2006年。

そうか、成穂堂創業からもう15年が経つのか。

早いものだ。

創業時から、うちは古本屋としては泣かず飛ばずの店だったが、

情けなくもそれは今も変わらない。

創業当時は、店から車で10分も走れば、

大型チェーン店が数店舗、独立店が数店舗あった。

どの店も賑わっていたが、今は一軒も残っていない。

そんな中、うちの店が生き残っているというのは、

殆ど奇跡的な事ではないかと思う。

店というのは、とても繊細な生き物だ。

ちょっとした環境の変化が、生存に大きく影響する。

うちのような小さな店は、足をコツンと打つと瞬時にその痛みが脳に伝わる。

その分、対応も早い。

なんせ、方向転換を決めたその時点から物事が動き出すのだから。

そんな風に方向転換を繰り返す内に、

『古本屋』成穂堂は、『アンティーク&古本屋』成穂堂に姿を変えつつある。



調度品のようにきれいなアンティークミシン。実用品としての実力も抜群。展示3日目でご婦人がご購入
ミシン



古本の品揃えも何でもござれから専門書に特化している。

一般向きする本は文庫本くらいだ。

在庫量も、恐ろしいくらい減った。

その分、アンティーク品やリユース品が増えている。



みごとな西洋アンティークチェスト。洗練されたお宅にいくのだろうなあ
チェスト



売場面積はアメーバではないのだから、

何かを増やすには何かを減らさなくてはいけない。

当たり前のことか。

まだまだガラクタ&古本屋だが、

その内、レトロ感たっぷりの風変わりな店になる・・・はずだ。




清朝期の大壷。製作されてから数百年は経つが、状態は至極いい。展示した翌日に売れてびっくり
大清大壺




まわりからは、「ついに趣味の店にしてしまうのね」と囁かれている。

やや狼狽してしまう僕であるが、

これは上から見ようが、透かして見ようが、

私情なき「戦略」である。

それはもう緻密に計算をして、

小数点第二位以下を四捨五入すると、

今、目指しているような店になるのである。

何にしても、僕には次にやらねばならない事があるのだ。
(そんな事をもう、5、6年は言っている・・・)


その為にもこの趣味の店、

いや違った

『アンティーク&古本屋』成穂堂を繁昌させねばならない。

最後に僕の青くさい信条を書いて、この記事を締めくくろう。



僕は心が喜ばないような仕事はしない。

そして、人の笑顔が見られないような仕事もしない。

店の形態がどれだけ変わろうとも、

決して変わらないものがある。

そういうことだ。



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