サッカーの伝え方。
今日は朝から気になっていたのが
リーガ二部リーグの首位決戦
カルタヘナ × レアル・ソシエダ
現地のcanal+のテレビ放送のため
昼の12時キックオフ![]()
ということで、先ほどまでradio MARCAで
実況中継を聴いていました。
やっぱり、向こうのメディアはサッカーの
楽しみ方を知っているなぁと実感。
ラジオ中継から聞こえてくるのは、
両軍のプレイヤーのパフォーマンスはもちろん、
試合の流れを変える審判のレフリングだけではなく、
実況の中に終始、観客の声援や罵声の報告も含まれます。
要するに、実況・解説は、自分達の所感よりも、
観客が一体化したリアクションやジャッジを重んじて、
その模様を克明に伝えてくれるのです。
そうそう。
サッカー場の主役は選手達だけではありません。
ホームスタジアムを埋め尽くすサポーターによる
厳しい審判や演出も、試合の行方を握る
重要な役割を担っているのです。
やはりサッカー先進国は違うな。
さて。
肝心の試合は、1-1のドロー。
レアルにとっては勝ちに等しい勝ち点1です。
我らがビクトル は不発。
この試合は、勝って欲しかったなぁ・・・
これでセグンダは更に激戦と化しました。
勝ち点
レアル・ソシエダ 60
レバンテ* 55
カルタヘナ 55
************************************
エルチェ 54
エルクレス 53
ベティス 53
(*レバンテは34節未消化)
来シーズン、リーガを戦うのはどのクラブでしょうか。
こちらからも目が離せません。
ラウルはラウルだった
ラウルはラウルでした。
デビュー戦を飾った思い出のロマレダに戻ってきた
ラウルは、前半14分故障のファンデルファールトに代り
グランドに姿を見せるも、怪我のため途中退場・・・
しかし、
久々に得点シーンを演出してくれました。
リーガ通算228ゴールは、
ウーゴサンチェスの234ゴールに次いで
歴代3位の成績。
彼にとってリーガ通算550試合目に当たる記念すべき試合で挙げた
このゴールは、テネリフェ以来2ヶ月ぶりのこと。
実は、2000年1月15日にリーガ通算100ゴールを決めたのも
このサラゴサのロマレダスタジアム。
やはり相性ってあるのでしょうか。
そんなラウルは、
『最も重要なのことは、チームが勝利したこと。
今日の勝ち点3は、とても複雑なものだったし、
チームは苦悩を味わった。
(得点シーンについて)
足首をやってしまったんだ。
あの時は、ベンチに交代を求めていたんだよ。
ゴールできたのは幸いだった。
チームは、再び戦う権利を獲得したんだからね。
いつだってこのスタジアムに戻ってこられることは
とても素晴らしいことさ。』
こんな時でもチームの状況を最優先と口にする
献身的なキャプテン。
肉体的な衰えは誰しもが否定できずとも、
この精神的支柱を失ったレアル・マドリードは想像しがたい。
本当にこのクラブは、
『ラウル・マドリード』から脱却できるのでしょうか??
彼に残された試合は4試合・・・
ラウルの退団へのカウントダウンはすでに始まっています。
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いざ!ラウルが思い出の場所へ
『今のところ引退する気はない』
そうラウルが語ったのは、ほんの数日前のこと。
今シーズン限りでのマドリー退団が濃厚なラウルの
去就が気になるところですね。
そんな彼が今節訪れるのがサラゴサの
ホームスタジアム”Romadela”。
新聞各紙は、久方振りの戦列復帰となるカカ
の話題で持ちきり。
しかし、このロマレダスタジアムこそ、
ラウルにとっては忘れることのできない思い出のスタジアム。
1994年10月29日。
ラウル・ゴンサレスの740試合にも及ぶ出場試合は、
この日、ロマレダのデビューゲームに始まったのです。
当時、ラウルは17歳。
恐らくは、選手としてこのグランドに姿を現すことが
最後になる彼は、今、何を思うのか??
『できることなら契約を全うしたい。
しかし、こればかりはシーズン終了を待たないと
わからないことだよね。
僕は、常にサッカーをしたいと思っているだけなんだ。』
マドリーとの契約をあと一年残す彼が、
先週残した言葉には、誰しもが、
彼のマドリー退団を想像したことでしょう。
彼の白いユニホーム姿が見られるのは
あと5試合なのか・・・??
今から16年前、当時の監督であるホルヘ・バルダーノが
彼にチャンスを与えたロマレダ。
ラウルにとってこの土地での試合が、
単なる一試合であるはずがありません。
ラウルのすべての伝説の始まりだったその場所で、
彼に大きな輝きを放って欲しい。
かつての英雄からの声援
僕が憧れた選手の一人がカミネロ(José Luis Pérez Caminero)。
アトレティコ2冠の立役者であり、
アメリカW杯スペイン代表のチーム得点王であった彼ですが、
その選手生活のほとんどをレアル・バジャドリ-ドで
過ごしました。
引退後は、バジャドリードのテクニカルディレクターを務めていた
彼ですが、その職を退くと、昨年は麻薬取引に関わったとして
警察から取調べを受けるなどして、
公の場から姿を消していたのでした。
そんな彼がAS紙のインタビューで久々に元気な姿を現し、
近況を報告。
現在は監督のライセンスを取得すべく、
様々な講習を受けていることはわかりました。
『テレビを観ていて、過去の試合が映し出されると
僕はテレビを消すんだ。
日頃サッカーは沢山見るけど、自分が出ていた試合などは
観たくないんだよ。
僕自身、過去にすがらず、今を生きたいんだ。』
そんなカミネロは、
近々サッカー界に戻る意思があることを語っています。
『僕はグランドの外で大きなミスを犯し、
この世界から姿を消したんだ。
それがなければ、あのままバジャドリードにいたかもしれないが
幸か不幸か、この時間のお陰で、その他のクラブのコンセプトを
学ぶことができたんだよ。
過去、バジャドリードのオファーを受けても監督など引き受けない
と語ったことがあったが、それは嘘であったと言いたい。
あのクラブは自分の故郷であるし、
僕の心は白と紫に染まっている。
もしも、2年か3年後何らかのオファーを受ければ、
疑いもなく仕事を引き受けることだろう。』
当時はスアレス会長との確執が明るみとなり
クラブを負われる形となった彼ですが、
すでに気持ちの整理はついているようです。
その彼は、現在「降格危機」にある古巣について
『僕は自身のサッカー人生でこんな状況以上の
”奇跡”を目撃してきた。
チームも数ヶ月前と比べ整っているし、
きっと結果もついてくるはずだ。
心から彼らの残留を待ち望んでいるよ。
あの街の、あのチームは一部にいることが相応しい。
きっとスタッフ一丸となってそれを理解しているし、
大きなことを成し遂げられると信じているに違いない。
僕の予想だと、最終節まで結果はわからない。
僕はいつだって楽天主義さ。』
ベテランでありながら一番最後までジムに入り
筋力と持久力を高めていたのがカミネロでした。
汗だくになって
『いつも俺が一番最後さ』
と笑っていた姿が何とも格好良く見えました。
そんな若い選手の鑑となるべき男だからこそ、
人生に置ける失敗は、
『スペインサッカー界発展に貢献し償って欲しい』
そう思えてなりません。
カミネロも心から声援を送るPUCELA・・・
何が何でも残留してくれ!!
『懐に入ろう』
昨日、タイの一団を迎えつつ、
慣れない空気になぜかアウェー感を感じた私。
今日は昨日のタイのご一行と接すると共に、
調印に訪れたベトナムの著名大学の学部長他2名を
受け入れるに至りました。
今日のファーストコンタクトのテーマ、
それは・・・
『懐に入る』 
国際人ぶって英語で迎えるのではなく、
覚えられるだけのベトナム語を暗記し、
挨拶をしました( ´艸`)
それにしても、ネットは便利だ。
挨拶に使う表現を見つけられるどころか、
クリックひとつでネイティブの発音を聞くことができる。
その後は、我が特技(!?)モノマネあるのみ。
帯同していた通訳の方に、
『先生、ベトナム語も話されるんですか??』
と驚かれる発音で、円滑なファーストコンタクトを
築くことができたのでした![]()
今日の教訓:
「相手に踏み込んだ挨拶が、
有難い門を開いてくれる」






















