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厳島神社 御朱印も長蛇の列

30分並んで厳島神社に入ることができました。

干潮で鳥居のそばまで行けます。

楠の自然木なので、鳥居の柱に凹凸があります。

扁額は有栖川熾仁親王の揮毫で「厳嶋神社」と

社殿側に「伊都岐島神社」と書かれています。

↑これは帰りの写真なんです。天気が悪くなりました。

翌日は雪が積もりました。

 

この日は天皇誕生日で舞楽が行われるところでした。

一段高い所で奉納されます。

住吉大社、四天王寺と並んで、三大舞台の一つです。

 

建物の中から演者が出てくるところでした。

(幕内で剣のようなものを持って立っています。)

最初は振鉾えんぶが舞われ、祖先の霊に祈りを捧げ

舞台を清める意味があるそうです。

海上に建物が建てられたのは神の島だからだそうです。

今でも葬儀やお産は行われません。

社殿は角が8か所

108間で灯篭の数108

一軒あたりの床板は108

108といえば煩悩の数ですね。

床板は隙間があって、波の衝撃を弱める工夫があります。

昔は履物を脱いであがっていたため、

今は二重に敷かれています。

 

能舞台です。

江戸時代に広島藩主から寄進されたもので、ここだけ朱塗りではありません。

 

普通能舞台の下には甕が反響のために置かれていますが、

こちらはないそうです。

実は私は一之宮の御朱印を集めていますので、

御朱印をいただくつもりでしたが、

長蛇の列なので、あきらめました。

また来いってことですね。

 

反橋は毛利輝元、隆元の寄進によるもの

 

 

もとは西側の出口の方が入口だったらしいです。

西を出ると、厳島神社と習合していた大願寺があります。

江ノ島、琵琶湖の竹生島と並んで三大弁財天のひとつです。

画像がないので、前に行ったときの記事を貼り付けておきます。

子どもが幼いころ、宮島の鹿が気に入って、2年続けてきました。

1度目はエサやりができたのですが、

翌年はエサやり禁止になっていました。

以降餓死したり、山に帰ったりしたようで、

見かける鹿の数は少なくなりました。

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いつも日帰りの宮島なので、

行く度にこんな宮島があったのか。。。

と、思います。

厳島神社は長蛇の列だった。

広島編ひっぱりましたが、まだ続いています。

あれだけで1日の出来事でした。

そして翌日宮島にやってきました。

広島市内から意外とかかります。

フェリーは頻繁に出ています。

乗っている時間は10分くらい。

鳥居が見えてきました。

この鳥居、置いてあるだけなのだそうです。

笠木の中に小石が詰められて、重みだけで立っています。

柱の下には千本杭と呼ばれる丸太が埋められて、地面を固めています。

前日の広島ツアーで一緒だった人から

観光協会が500円でガイドツアーをしているという情報を得、

その情報をくれた人含め3人で参加しました。

観光協会で申し込んでから、時間があったので

お茶しました。

ホテルのカフェですが、焼き立てパンを売っていて

よかったです。

 

厳島神社の創建は古く推古天皇の時代ですが、

平清盛によって、今のような形になりました。

清盛は安芸守に任ぜられ、瀬戸内海の制海権を得ます。

されには日宋貿易で財を築きました。

しかし、平家の末路はご存じの通りです。

清盛の妻 二位の尼は壇ノ浦で、安徳天皇とともに

入水されましたが、屍となって厳島に流れ着いたと言われます。
それ以来この海岸は尼の洲と呼ばれるようになりました。

 

灯篭の字、二位だけ読めます。

 

なんですか!?

この列、厳島神社の拝観券を買う列らしいです!

30分待ちました。

ウオーキングツアーなのに。。。

いやそもそも神社を参拝するのに拝観券買うのは

(特別公開除いて)ここだけじゃないですか???

待っているときに、ガイドさんがこう言いました。
「山の形が観音様の横顔と言われています。」

こうでしょうか?

待っている間もいろいろ話してくれました。

防潮壁が出るそうです。

 

 

この日は天皇誕生日で雅楽が行われていました。

年10回ほど行われるそうですが、その日に当たりました。

 

私が参拝するときは、いつも干潮なんです。

満潮で海に浮かぶ社殿を見てみたいものです。

鏡の池です。

手鏡のように水が溜まっていますが、

海水ではなく、湧き水なのだそうです。

厳島神社続く。

長徳寺のおかめ桜が見頃

もう少し暖かなるのかなと思っていましたが、

寒いです。

美容院に行ったついでにおかめ桜の様子を見に行きました。


半分くらいかな?


いち早く春を告げてくれます。


出町ふたばは、道を隔てて行列でした。

とりあえずの速報で、

夕方に宮島①を投稿予定です。

仁和寺の経蔵など

今日は朝から雪が舞って、寒い日でした。
18日で特別公開が終わった仁和寺の続きです。
普段非公開の五重塔の開扉と経蔵が公開されていました。
金堂と比べると
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経蔵は禅宗式で建てられているのがわかります。

 

建物が基壇の上にあり、丸い柱がそろばん玉の上に載っていて

組物や、花頭窓が見えています。

垂木が扇形。

中には八角輪蔵があります。

西本願寺や大徳寺でも見ましたが、

輪蔵は一番大きかったです。

お堂の中で組み立てたんでしょうか。

天海版の一切経が収められています。

輪蔵の前には仏像がありました。

他のお寺だと、八角輪蔵を考案した中国の傅大師が

安置されていますが、こちらは釈迦三尊と、三大弟子です。

二大弟子はよく見る阿難さん迦葉さんですが、

三人目は誰だったかな?忘れました。

壁面には八菩薩が描かれています。

経蔵は僧侶の方が20分おきに案内しておられました。

冬の旅、夏の旅の公開に参りますが、

特別企画を除いて、

僧侶が案内くださるのは珍しいです。

「仁和寺は元号から名前がとられていること、

西暦でいうと888年。覚えて帰ってくださいね」

ひととおり20分ほどの案内が終わると、

「最後に質問です。創建の年は?」

真面目な中にもこっそりユーモアがありました。

 

水掛け不動さんです。

菅原道真公の腰かけ石があるらしい。

 

どこ?

と、思ったら、お不動さんの置かれている石が腰かけ石でした。

一言だけ願いを聞いてくださるそうです。

長い柄杓が置かれていて、お水を懸けます。

右のほう、ちょっと柄が見えているでしょ?

 

道真公は大宰府に赴かれる前、宇多法皇に暇乞いに来られました。

法皇が勤行中であったため、この石に腰を掛けてお待ちになったそうです。

 

北野天満宮からいただいた梅が満開でした。

北野天満宮に影向松がありますが、松が枯れると

仁和寺から松が贈られたそうです。

 

その隣には弘法大師をお祀りする御影堂があります。

こちらの建物は清涼殿を移築したもので、

重要文化財に指定されています。

弘法大師の命日21日は御影供が行われます。

受付で「スタンプラリーですが、カフェが閉まっているかも。。。」

と言われ、カフェがあるのを知りました。

冬の旅のスタンプがたまったので、こちらでレモネードを

いただきました。

スタンプラリーは、俵屋吉富のお抹茶と雲龍が一番お得なように思います。

こんなメニューもあります。

 貸し切り状態でした。

 

仁王さんに挨拶して、帰りました。

 

 

 

血管がすごい!

 

仁和寺の五重塔の中を初めて見ました。

京の冬の旅、仁和寺五重塔が公開しているということで

駈けこんできました。

江戸時代の建物は初層から五層まで同じ大きさです。

1644年築 総高36m(重文)

 

正面の梵字は大日如来を表しています。

写真撮影は禁止で遠くからも撮れないように

フェンスがありました。

ガラスがあるので、反射して見えにくかったです。

心柱は丸でなく四角でした。

中心には大日如来、まわりに無量寿如来はじめ四方仏。

柱などの絵は比較的保存がよかったです。

扉にも絵が描いてあるのですが、後ろに火炎があるようです。

それよりたくさん落書きがありました。

最近は扉が開いていないので、落書きは相当古いものと思われます。

 

国宝の金堂です。

 

御所から移築されたもので、現存する最古の紫宸殿です。

蔀度になっていて、

 

金具がとてもきれいです。

 

もう一つの特別公開経蔵に参ります。