葵祭 本列
昨日は中継地の下鴨神社で打ち切りという話もありましたが、
上賀茂神社まで、近年まれに見る雨の中での行列となりました。
かさをさしたり、透明のレインコートを着たりされていたようですが
衣装がぬれて大変でしたね。
葵祭の起源は奈良時代にさかのぼりますが、
源氏物語に見られるように
盛大になったのは平安京がおかれてからのようでうす。
当時の書物に「祭」とあれば、賀茂祭、すなわち葵祭をさしたそうです。
総勢500余名、馬36頭、牛4頭、牛車2基、輿1台の風雅な王朝行列が
京都御所から、下鴨神社をへて、上賀茂神社に向かいます。
8キロの道のりを歩くわけです。
祭の主役は斎王代のように思われていますが
本来 天皇の勅使である近衛使このえづかい
今は宮内庁の勅使が直接 社頭の儀に参列されますので、
この方は近衛使代
源氏物語では光源氏が近衛使をつとめました。
お馬さんもりっぱに飾り立てられています。
近衛使さんのベルトも
御幣櫃ごへいびつ
賀茂両社へ納める御幣物をおさめてあります。
天皇陛下から献上されるもので、曝布、木綿、麻などが収められています。
御馬おうま
献上される馬
顔がかわいい
もっているものが興味深い、手振とよばれる人たち
馬具を持っていて、右手の人が持つのは雲珠
馬具といっても、どうするものか、さっぱりわかりません。
舞人
東遊を舞う武官
陪従べいじゅう
雅楽を担当する武官だそうです。
風流傘
いつも楽しそうです。
とても重そうで
「5分ごとに交代してな!」
つづく。。。
上賀茂神社まで、近年まれに見る雨の中での行列となりました。
かさをさしたり、透明のレインコートを着たりされていたようですが
衣装がぬれて大変でしたね。
葵祭の起源は奈良時代にさかのぼりますが、
源氏物語に見られるように
盛大になったのは平安京がおかれてからのようでうす。
当時の書物に「祭」とあれば、賀茂祭、すなわち葵祭をさしたそうです。
総勢500余名、馬36頭、牛4頭、牛車2基、輿1台の風雅な王朝行列が
京都御所から、下鴨神社をへて、上賀茂神社に向かいます。
8キロの道のりを歩くわけです。
祭の主役は斎王代のように思われていますが
本来 天皇の勅使である近衛使このえづかい
今は宮内庁の勅使が直接 社頭の儀に参列されますので、
この方は近衛使代
源氏物語では光源氏が近衛使をつとめました。
お馬さんもりっぱに飾り立てられています。
近衛使さんのベルトも
御幣櫃ごへいびつ
賀茂両社へ納める御幣物をおさめてあります。
天皇陛下から献上されるもので、曝布、木綿、麻などが収められています。
御馬おうま
献上される馬
顔がかわいい
もっているものが興味深い、手振とよばれる人たち
馬具を持っていて、右手の人が持つのは雲珠
馬具といっても、どうするものか、さっぱりわかりません。
舞人
東遊を舞う武官
陪従べいじゅう
雅楽を担当する武官だそうです。
風流傘
いつも楽しそうです。
とても重そうで
「5分ごとに交代してな!」
つづく。。。
羽をのばしました。
息子は修学旅行から無事帰ってきました。
初日の写真を見ますと、
などしていますが、
表情は微妙かも。。。
ま、疲れたのでしょう。
私は息子がいない間、羽を伸ばして、南座へ。。。
歌舞伎好きのお友達が
「歌舞伎鑑賞教室は安くてお得。
中でも上村吉太郎君は一見価値がある」
とお誘いしてくれたので、行ってまいりました。
桂九雀さんの司会でおもしろおかしく進行します。
中学生の子供たちも授業の一環で来られていました。
中学生から選ばれて衣装をつけさせてもらったり。。。
中学生の女の子が、はにかんで、かわいかったです。
「ハシがころげても、おかしい年頃ですね」と、九雀さん。
前半はいろんな舞台の説明
黒子さん
昔の女性は旅に出ることがなかったので、
旅情を誘う富士山などの背景
義太夫節と常盤津節の違いなど。。。
後半は三ツ面子守、雷船頭の実演。
三ツ面というのは、おかめ、恵比寿、ひょっとこの面で
その面を取り替えるたび踊り分けるという。。。
それを踊るのが中学二年生の上村吉太郎君。
友人が言うには「天才」
司会の九雀さんも
「今から吉太郎君応援しておいたら、自慢できるかも」
っていうくらいの芸達者。
中学生にして片岡我富さんの部屋子(有望な弟子)
友人曰く、今人気の片岡愛之助さんも
以前はこの鑑賞教室に出演されていたそうです。
こうして、片岡家の人は一般には鑑賞教室をやりつつ
門閥外のお弟子さんを育ておられるのですね。
雷船頭を演じた上村吉弥さんもそんなお一人
立ち姿も美しい女形さんでした。
思えば、私が高校生のときに学校から行ったのも、
片岡秀太郎さん(仁左衛門さんの兄で愛之助さんの養父)
の鑑賞教室でした。
がんばれ上方歌舞伎
かえりに。。。
南座近くにある祇園辻利の茶寮 都路里の前を通ると、
え、誰も並んでいない!
(お昼どきだったからかも。)
いつも若者で階段の下まで行列しているから
入ったことがありませんでした。
都路里パフェ
けっこうボリュームありました!
帰るころにぼちぼち修学旅行生とか観光客が本を片手に
入ってきました。
やっぱり、ネットや本で見て、やってくるのね。
初日の写真を見ますと、
などしていますが、表情は微妙かも。。。
ま、疲れたのでしょう。
私は息子がいない間、羽を伸ばして、南座へ。。。
歌舞伎好きのお友達が
「歌舞伎鑑賞教室は安くてお得。
中でも上村吉太郎君は一見価値がある」
とお誘いしてくれたので、行ってまいりました。
桂九雀さんの司会でおもしろおかしく進行します。
中学生の子供たちも授業の一環で来られていました。
中学生から選ばれて衣装をつけさせてもらったり。。。
中学生の女の子が、はにかんで、かわいかったです。
「ハシがころげても、おかしい年頃ですね」と、九雀さん。
前半はいろんな舞台の説明
黒子さん
昔の女性は旅に出ることがなかったので、
旅情を誘う富士山などの背景
義太夫節と常盤津節の違いなど。。。
後半は三ツ面子守、雷船頭の実演。
三ツ面というのは、おかめ、恵比寿、ひょっとこの面で
その面を取り替えるたび踊り分けるという。。。
それを踊るのが中学二年生の上村吉太郎君。
友人が言うには「天才」
司会の九雀さんも
「今から吉太郎君応援しておいたら、自慢できるかも」
っていうくらいの芸達者。
中学生にして片岡我富さんの部屋子(有望な弟子)
友人曰く、今人気の片岡愛之助さんも
以前はこの鑑賞教室に出演されていたそうです。
こうして、片岡家の人は一般には鑑賞教室をやりつつ
門閥外のお弟子さんを育ておられるのですね。
雷船頭を演じた上村吉弥さんもそんなお一人
立ち姿も美しい女形さんでした。
思えば、私が高校生のときに学校から行ったのも、
片岡秀太郎さん(仁左衛門さんの兄で愛之助さんの養父)
の鑑賞教室でした。
がんばれ上方歌舞伎
かえりに。。。
南座近くにある祇園辻利の茶寮 都路里の前を通ると、
え、誰も並んでいない!
(お昼どきだったからかも。)
いつも若者で階段の下まで行列しているから
入ったことがありませんでした。
都路里パフェ
けっこうボリュームありました!
帰るころにぼちぼち修学旅行生とか観光客が本を片手に
入ってきました。
やっぱり、ネットや本で見て、やってくるのね。
御蔭祭 いってらっしゃい!
葵祭というと、15日の路頭の儀を思い浮かべますが。。。
もうすでに5月に入ってからたくさん行事があります。
中でも重要なのが5月12日
上賀茂神社 御阿祭みあれまつり(非公開)
下鴨神社 御蔭祭が執り行われました。
比叡山山麓の八瀬御蔭山より神霊を本社へ迎えます。
神霊をお迎えしないことには、お祭りが始まりません。
その出発の様子です。
歓盃(かんぱい)の儀。
樹下神事(だと思います。)
アナウンスが聞こえませんでしたが
桃の枝で作った幣でお祓いをします。
神幸行粧に参列する人たちもお祓いを受けます。
神宝もお祓いを受けます。
順番に名前と持ち物が呼ばれます。
前に人がいたので、この写真だけ、190センチのSくんが撮ってくれました。
もっとアップで撮ってほしかったけど、彼の視点がよくわかりました。
人の頭がこんなふうにみえるのね。。。
楼門の前で整列します。我が国最古の神幸列
前から気になっていたのが、この箒
高砂の翁も持っていますよね?
ウィキによると。。。
「箒」の語は『古事記 』中に「玉箒」や「帚持(ははきもち)」として登場する。ここでいう「玉」は人間の魂 (霊魂 )のことを指す。「帚持」とは、葬列を組む際に箒を持って加わった人(またはその役目)のことを指す。すなわち、奈良時代 における箒は、祭祀 用の道具として用いられるなど宗教的な意味があったといえる。
そうやったんや~
楽人=舞人ですよね?
東游(あづまあそび)を午後4時から見せてくれます。
十代のみなさん
子供さんが参列しているママ友に会いました。
ママ友も参列したことがあるそうですが、
「あのときは今より歩く距離が短くて、ほとんどバス移動やった。」
今は糺の森から御蔭神社までバスで移動。
摂社の赤の宮で舞楽が奉納され、
下鴨中通を神幸列は行くそうですが。。。
あいにく雨が降り出しました。
京都新聞によると東游は舞殿で奉納されたそうです。
以前の切芝神事の記事はこちら
いよいよ葵祭 路頭の儀(行列)ももうすぐです。
今年の下鴨神社の社頭の儀の代表参拝は、藤原紀香さんだそうです。
いけないので、残念。。。
もうすでに5月に入ってからたくさん行事があります。
中でも重要なのが5月12日
上賀茂神社 御阿祭みあれまつり(非公開)
下鴨神社 御蔭祭が執り行われました。
比叡山山麓の八瀬御蔭山より神霊を本社へ迎えます。
神霊をお迎えしないことには、お祭りが始まりません。
その出発の様子です。
歓盃(かんぱい)の儀。
樹下神事(だと思います。)
アナウンスが聞こえませんでしたが
桃の枝で作った幣でお祓いをします。
神幸行粧に参列する人たちもお祓いを受けます。
神宝もお祓いを受けます。
順番に名前と持ち物が呼ばれます。
前に人がいたので、この写真だけ、190センチのSくんが撮ってくれました。
もっとアップで撮ってほしかったけど、彼の視点がよくわかりました。
人の頭がこんなふうにみえるのね。。。
楼門の前で整列します。我が国最古の神幸列
前から気になっていたのが、この箒
高砂の翁も持っていますよね?
ウィキによると。。。
「箒」の語は『古事記 』中に「玉箒」や「帚持(ははきもち)」として登場する。ここでいう「玉」は人間の魂 (霊魂 )のことを指す。「帚持」とは、葬列を組む際に箒を持って加わった人(またはその役目)のことを指す。すなわち、奈良時代 における箒は、祭祀 用の道具として用いられるなど宗教的な意味があったといえる。
そうやったんや~
楽人=舞人ですよね?
東游(あづまあそび)を午後4時から見せてくれます。
十代のみなさん
子供さんが参列しているママ友に会いました。
ママ友も参列したことがあるそうですが、
「あのときは今より歩く距離が短くて、ほとんどバス移動やった。」
今は糺の森から御蔭神社までバスで移動。
摂社の赤の宮で舞楽が奉納され、
下鴨中通を神幸列は行くそうですが。。。
あいにく雨が降り出しました。
京都新聞によると東游は舞殿で奉納されたそうです。
以前の切芝神事の記事はこちら
いよいよ葵祭 路頭の儀(行列)ももうすぐです。
今年の下鴨神社の社頭の儀の代表参拝は、藤原紀香さんだそうです。
いけないので、残念。。。


