烏丸ママのブログ -834ページ目

街がいろづいてきました。

わりとよく前を通る信長公御廟 阿弥陀寺。。。
森光子さんのお墓がここだという話も
近所ではウワサになっていましたが、
森光子さんの代表作《放浪記》が再演されるにあたり、
仲間由紀絵さんが昨日お参りに来られていたとか
新聞に載っていました。
仲間さんなら見たかったな~
とミーハーなことを考えていました(^▽^;)

ところで、近所の木々も色づいてきました。
賀茂街道


鴨川と大文字山


植物園のアプローチ

関東はすでに寒いみたいですが、
関西も明日の夕方から急に冷え込むそうです。
みなさまご用心

花の寺 金剛院 最終回

私的に今年のベストスリーに入る金剛院を紹介しています。
前記事はコチラ
金剛院は高岳親王により、平安時代に創建され、
皇族の他にも、細川幽斎、東郷平八郎などからも
あつく信仰されてきました。
細川幽斎は丹後田辺城主として、この地を治めていました。
境内の紅葉はその頃から植えられていたようです。
金剛院の庭は、細川幽斎の作庭と伝えられ、
京都府の名勝に指定されています。
「伝 細川幽斎公」 作庭 の碑


池の中央には亀島があり、鶴首石もあり、
長寿や幸せをこめて造られた庭だということです。




またこちらの過去の全盛期を示すものとしては、仏像が挙げられます。
重文がズラリ


深沙大将立像じんじゃだいしょうと執金剛神立像は、無位時代の快慶作として、
大英博物館やメトロポリタン美術館にも貸し出されたことがあるそうです。
お寺の仏像などが文化財指定されると、こうして宝物殿に安置されるか、
博物館に預託することになります。
国立博物館に行って思いましたが、
保護か信仰か、むずかしいところですね。

今一度お向かいの鹿原公園から写した三重塔です。


やさしい表情の高岳親王は正面にお祀りされています。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

低血圧な会話

東山にある将軍塚に行ってきました。
京都市が一望できます。


いっしょに行ったのは低血圧の友人Jさん
青蓮院の飛び地であるため、
青蓮院からシャトルバスに乗って
くねくねした道を上がります。
「Jさん、低血圧でしょ?
車酔いしない?」
と、聞いてみた。
「うん。弱い。
それって、低血圧と関係あるのかな?」
「あると思うよ。
頭が痛くなったり、吐き気がしやすかったりするでしょ?」
「するする」
「バスに乗る時は後ろになると、
カーブのときにお尻をふってゆれやすいから
前に乗ったほうがいいんだよ。」

Jさんは私より一つ年下。
やっぱり体質などは、
一生つきあっていかなくちゃいけないなあ
と、改めて思いました。

本編に続く

花の寺 金剛院 4

丹後にある花の寺 金剛院です。
本堂全貌



山の中で建物も傷みやすいと思います。
もとは彩色がほどこされていた気がしました。


本堂横の鐘楼


弘法の滝
もとはここで修行する僧もいたのでしょう。


私独り占めなのはよいのですが、
クマに出会ったらどうしよう (ノ゚ο゚)ノ
と、思いながら、歩いています。

石仏さまにあってホッとしたり。


ま、クマに遭うこともなく、山門まで下りました。
お気づきかとおもいますが、
どの写真にも紅葉が写っています。
そろそろ色づいている頃でしょう。

記憶に残る演技

男子フィギュアスケート
びっくりしました。
よもやのアクシデント!
演技直前の6分間練習のとき、
羽生選手と中国のエンカン選手と激突ヽ(;´Д`)ノ
二人とも立ち上がれないほどの衝撃
棄権するかと思われましたが、
二人ともリンクに戻ってきました。
松岡修造氏も言っていましたけれど、
「これは自分との戦いなんです。
それを放棄するのが悔しいんです。
でもぼくはアスリートとして棄権してほしい」

羽生くんと握手をしてリンクに立つエンカン選手
アクシデントの影響で
実力は出せませんでしたが、まだ18歳?
がんばってほしいです。
ベストの状態で羽生くんと戦ってほしいです。

そして、羽生選手《オペラ座の怪人》
何度も何度も転びながら
立ち上がって滑るその姿に
怪人の苦悩とあいまって
見ている人の感動を呼びました。

記録に残るより、
記憶に残る選手になりたい
そう言った人がいましたが、
今日の演技は後々まで
語り継がれることでしょう。

もっとも羽生選手は
記録にも残ると思いますが。。。

ただ
担架で運ばれていく羽生選手
手を振っていたのではなく、
「撮らないで」
とさえぎっていたんですけど。。。
カメラもそうだし、
女の子たちの黄色い声も
マナーを守ってほしいなあ。

まだ19歳?
若くして頂点にたって
いろいろ大変なこともあると思いますが、
若いのだから、無理をしないでください。
とはいえ
価値ある2位でした。