今日は城南宮
城南宮は電車で行こうと思うと、
とても不便なのですが、
車だと、京都南ICや幹線道路に近く
通りすがりに参りました。
なので、携帯画像です。
城南宮です。
白川上皇が離宮を建てられたところです。
今は方除けの神様として広く信仰されています。
ここは桂川と鴨川が合流するところで、
一寸法師がお椀の舟で上陸したところとも言われています。
月参りの方が多く、
中でも会社関係と思しき団体さんがいらっしゃいました。
本殿のまわりにはぐるりと末社があります。
社殿は権現造で桧皮葺です。
今日はいつもと違うところに車をとめたので、
貴賓館の前を通りました。
お庭がきれいでした。
屋根に煙抜けの小屋根がついているから、お台所があるんですね。
庫裏はお寺だから、台所でいいのかな?
9月1日から菊の巫女神楽が始まりました。
美しい巫女さんが菊の花の冠、菊の花で神楽を奉納されます。
ここから鴨川のほうに向かって歩くと
鳥羽伏見の戦い勃発の地の碑があります。
とても不便なのですが、
車だと、京都南ICや幹線道路に近く
通りすがりに参りました。
なので、携帯画像です。
城南宮です。
白川上皇が離宮を建てられたところです。
今は方除けの神様として広く信仰されています。
ここは桂川と鴨川が合流するところで、
一寸法師がお椀の舟で上陸したところとも言われています。
月参りの方が多く、
中でも会社関係と思しき団体さんがいらっしゃいました。
本殿のまわりにはぐるりと末社があります。
社殿は権現造で桧皮葺です。
今日はいつもと違うところに車をとめたので、
貴賓館の前を通りました。
お庭がきれいでした。
屋根に煙抜けの小屋根がついているから、お台所があるんですね。
庫裏はお寺だから、台所でいいのかな?
9月1日から菊の巫女神楽が始まりました。
美しい巫女さんが菊の花の冠、菊の花で神楽を奉納されます。
ここから鴨川のほうに向かって歩くと
鳥羽伏見の戦い勃発の地の碑があります。
今日から9月
今日から9月ですね。
ブログカバーを変えました。
9月9日重陽の節句に上賀茂神社で行われる烏相撲です。
結構不特定多数の人の顔が写っているので、
いいのかな~と思っています。
2,3日したら変えるかもしれません。
もう先週から京都の学校は始まっていますが、
今日からのところも多いですね。
いつになく、自殺防止の呼びかけが多いです。
そう言っていても、止められないことがあり、
心が痛みます。
若い人もそうでない人も
孤独なんですね。
そんなはずない
と、家族は思っていても、
本人にとっては孤独なのだと思います。
でも
困ったときは意外と助けがあるものです。
一番子どもがしんどかったとき、
担任の先生はおひさま
のような先生でした。
家庭訪問のときに、
どうすれば息子を楽しい気持ちにできるか?
そう思ってきてくださいました。
手品をしたり、ボードゲームを持ってきたり、
三人でゲームをしたこともあります。
その次の担任の先生は共感してくれる先生でした。
一緒にお茶をしたり、
行事に参加しやすいように、息子に合わせてくださいました。
その背後で支えてくれていたのが校長先生でした。
「僕が行ってもいいんやけど、かえって緊張するかと思って。。。」
と、おっしゃっていました。
卒業した後、近くまで来たからと、
校長先生と元担任の先生と二人でよってくださったこともありました。
孤独だと思うときも
回りをみまわせば、
助けてくれる人がいるのではないでしょうか。
自分は1人ではない
そう思えることが、生きる力になると思います。
うちはずいぶん落ち着きましたけれど、
今月になって体調不良になり、
動けなく子どもたちも
またでてくると思います。
好きでそうなるわけではないのです。
本人たちも困っているのです。
学校に行きたくてもいけないことが
はずかしいと思うのです。
(これは息子が言ったことです。)
再び動けるようになるには、個人差があります。
けれど不治の病でない限り、
回復力があります。
ブログを初めて、5年になりますが、
そのころ知り合ったブロ友さんたちは卒業していかれた方も多いし、
多くの人はそれぞれの道を歩みだしている人が多く、
その方たちを見ていると、希望がもてるようになりました。
まだまだ三人息子心配ですけどね。
母親はずーっと心配する生き物らしいです。
今も心配しています。
ブログカバーを変えました。
9月9日重陽の節句に上賀茂神社で行われる烏相撲です。
結構不特定多数の人の顔が写っているので、
いいのかな~と思っています。
2,3日したら変えるかもしれません。
もう先週から京都の学校は始まっていますが、
今日からのところも多いですね。
いつになく、自殺防止の呼びかけが多いです。
そう言っていても、止められないことがあり、
心が痛みます。
若い人もそうでない人も
孤独なんですね。
そんなはずない
と、家族は思っていても、
本人にとっては孤独なのだと思います。
でも
困ったときは意外と助けがあるものです。
一番子どもがしんどかったとき、
担任の先生はおひさま
のような先生でした。家庭訪問のときに、
どうすれば息子を楽しい気持ちにできるか?
そう思ってきてくださいました。
手品をしたり、ボードゲームを持ってきたり、
三人でゲームをしたこともあります。
その次の担任の先生は共感してくれる先生でした。
一緒にお茶をしたり、
行事に参加しやすいように、息子に合わせてくださいました。
その背後で支えてくれていたのが校長先生でした。
「僕が行ってもいいんやけど、かえって緊張するかと思って。。。」
と、おっしゃっていました。
卒業した後、近くまで来たからと、
校長先生と元担任の先生と二人でよってくださったこともありました。
孤独だと思うときも
回りをみまわせば、
助けてくれる人がいるのではないでしょうか。
自分は1人ではない
そう思えることが、生きる力になると思います。
うちはずいぶん落ち着きましたけれど、
今月になって体調不良になり、
動けなく子どもたちも
またでてくると思います。
好きでそうなるわけではないのです。
本人たちも困っているのです。
学校に行きたくてもいけないことが
はずかしいと思うのです。
(これは息子が言ったことです。)
再び動けるようになるには、個人差があります。
けれど不治の病でない限り、
回復力があります。
ブログを初めて、5年になりますが、
そのころ知り合ったブロ友さんたちは卒業していかれた方も多いし、
多くの人はそれぞれの道を歩みだしている人が多く、
その方たちを見ていると、希望がもてるようになりました。
まだまだ三人息子心配ですけどね。
母親はずーっと心配する生き物らしいです。
今も心配しています。
大河内山荘(追加画像あり)
大河内山荘は、《丹下左膳》で有名な時代劇スター
大河内伝次郎が30年かけて作り上げた山荘です。
中門
いろんな石が使われた石段
生垣もいろんな木が使われています。
庭師は広瀬利兵衛 右手が桧皮葺で蔀戸がある(だったと思う)寝殿造
左手はこけら葺の数奇屋風
お茶室の適水庵
苔庭がきれい
嵐山を借景としていたり、はるか下に保津峡がチラッと見え、
水音が聞こえてきます。
東を望めば京都市内、はるか向こうには、比叡山、大文字山も見えます。
左手の一番高い山が比叡山
その手前が左大文字のある衣笠山
らくだのこぶのようなのが双ヶ丘
仁和寺の塔も見えるって???
いっぱいいっぱいズームアップしたら、
見えました!
比叡山と
その中央に塔が見えます。
2万平方メートルだそうです。
一映画スターがよくこれだけのものを築いたなと思います。
大河内伝次郎が30年かけて作り上げた山荘です。
中門
いろんな石が使われた石段
生垣もいろんな木が使われています。
庭師は広瀬利兵衛 右手が桧皮葺で蔀戸がある(だったと思う)寝殿造
左手はこけら葺の数奇屋風
お茶室の適水庵
苔庭がきれい
嵐山を借景としていたり、はるか下に保津峡がチラッと見え、
水音が聞こえてきます。
東を望めば京都市内、はるか向こうには、比叡山、大文字山も見えます。
左手の一番高い山が比叡山
その手前が左大文字のある衣笠山
らくだのこぶのようなのが双ヶ丘
仁和寺の塔も見えるって???
いっぱいいっぱいズームアップしたら、
見えました!
比叡山と
その中央に塔が見えます。
2万平方メートルだそうです。
一映画スターがよくこれだけのものを築いたなと思います。
祇王寺
中学生の遠足以来の祇王寺
遠足のときって、阪急嵐山から化野念仏寺とか、
大覚寺まで歩いていっていると思うけど、
今思うと結構な距離なのですが、
若いから当時は平気だったのかな。
祇王寺です。
平清盛の寵愛を受けた白拍子の祇王が入寺した場所です。
白拍子の名手に 祇王と祇女という姉妹がありました。
姉の祇王は清盛に寵愛を受けます。
あるとき、仏という白拍子がやってきますが、追い返されます。
それに同情した祇王は仏をまねきいれます。
とこらが、清盛はその仏に心をうつしてしまいます。
追い出された祇王は命を絶とうとしますが、母に説得され、
嵯峨野の地で、母と妹と三人て尼になることになりました。
後には仏御前もやってきて、こちらでは4人の像が安置されています。
明治初年に廃仏棄釈で廃寺となりますが、
後に元京都府知事北垣国道が別荘を寄付し、再建されます。
紅葉の季節はきれいでしょうが、人もはんぱじゃないでしょう。
小さいお寺ですが、
ここまでやってくる価値はあるところです。
大きなお寺にはないよさがあります。
遠足のときって、阪急嵐山から化野念仏寺とか、
大覚寺まで歩いていっていると思うけど、
今思うと結構な距離なのですが、
若いから当時は平気だったのかな。
祇王寺です。
平清盛の寵愛を受けた白拍子の祇王が入寺した場所です。
白拍子の名手に 祇王と祇女という姉妹がありました。
姉の祇王は清盛に寵愛を受けます。
あるとき、仏という白拍子がやってきますが、追い返されます。
それに同情した祇王は仏をまねきいれます。
とこらが、清盛はその仏に心をうつしてしまいます。
追い出された祇王は命を絶とうとしますが、母に説得され、
嵯峨野の地で、母と妹と三人て尼になることになりました。
後には仏御前もやってきて、こちらでは4人の像が安置されています。
明治初年に廃仏棄釈で廃寺となりますが、
後に元京都府知事北垣国道が別荘を寄付し、再建されます。
紅葉の季節はきれいでしょうが、人もはんぱじゃないでしょう。
小さいお寺ですが、
ここまでやってくる価値はあるところです。
大きなお寺にはないよさがあります。
嵯峨野めぐり
ビーガンの方と嵯峨野をまわりました。
嵯峨野めぐりをしている人の8割は外国の方でした。
いかに京都の経済が外国人に支えられているかを感じました。
ところで、ビーガンをご存知ですか?
菜食主義の中でも完璧な菜食主義の人たちのことです。
菜食主義というと、いろんな人がいて、
乳製品はいいとか、ゆるい方からビーガンのように厳しい制限の方までいます。
ビーガン用の食事が作られるというレストランを予約していましたが、
その店はかつおだしを使っていました。
「別に昆布だけでおだしをとりますよ」
と、いうことでしたが、
同じキッチンで動物性のものを料理しているということもいけないそうです。
結局ランチはこちらで。。。
天龍寺 精進料理
これに賀茂なすの田楽、すりながしの汁、デザートにメロンがつきました。
精進料理は完璧なビーガン食ですね。
もともと禅僧というのは、一汁一菜ですけれど、
こちらは接待用のお料理になります。
大河内山荘では抹茶と和菓子が出ました。
和菓子も動物性の食材はほとんどありませんが、
動物由来の着色料もいけないそうです。
紅麹だっったのでそれはOKですが、
コチニールとかカイガラムシから作られていますからね。
かまぼこの赤いのとか、よくコチニールが使われています。
買うときによく見てください。
私でもちょっと避けたい着色料です。
最近大学なども国の政策としてもグローバル化が進んで、
留学生を受け入れていますが、
ムスリム食をはじめ、多様化する食文化を受け入れる
体制とかも整っているんでしょうか?
京大とか同志社の一般人でも行ける食堂では、
ハラール食はありましたが・・・
そうそう。
そのビーガンの方、大学生の子どもさんがいらっしゃるのですが、
奨学金をもらっているそうです。
奨学金をもらう代わりに、病院などで
ボランティアをして、お金を返す必要がないそうです。
日本の学生は、奨学金という名の借金をする人が多く、
就職してから、それを返すのが大変だと聞きます。
日本の奨学金制度もいろいろ改善の余地があるなあと
思いました。
外国の方とお話すると、いろいろ勉強になります。
嵯峨野めぐりをしている人の8割は外国の方でした。
いかに京都の経済が外国人に支えられているかを感じました。
ところで、ビーガンをご存知ですか?
菜食主義の中でも完璧な菜食主義の人たちのことです。
菜食主義というと、いろんな人がいて、
乳製品はいいとか、ゆるい方からビーガンのように厳しい制限の方までいます。
ビーガン用の食事が作られるというレストランを予約していましたが、
その店はかつおだしを使っていました。
「別に昆布だけでおだしをとりますよ」
と、いうことでしたが、
同じキッチンで動物性のものを料理しているということもいけないそうです。
結局ランチはこちらで。。。
天龍寺 精進料理
これに賀茂なすの田楽、すりながしの汁、デザートにメロンがつきました。
精進料理は完璧なビーガン食ですね。
もともと禅僧というのは、一汁一菜ですけれど、
こちらは接待用のお料理になります。
大河内山荘では抹茶と和菓子が出ました。
和菓子も動物性の食材はほとんどありませんが、
動物由来の着色料もいけないそうです。
紅麹だっったのでそれはOKですが、
コチニールとかカイガラムシから作られていますからね。
かまぼこの赤いのとか、よくコチニールが使われています。
買うときによく見てください。
私でもちょっと避けたい着色料です。
最近大学なども国の政策としてもグローバル化が進んで、
留学生を受け入れていますが、
ムスリム食をはじめ、多様化する食文化を受け入れる
体制とかも整っているんでしょうか?
京大とか同志社の一般人でも行ける食堂では、
ハラール食はありましたが・・・
そうそう。
そのビーガンの方、大学生の子どもさんがいらっしゃるのですが、
奨学金をもらっているそうです。
奨学金をもらう代わりに、病院などで
ボランティアをして、お金を返す必要がないそうです。
日本の学生は、奨学金という名の借金をする人が多く、
就職してから、それを返すのが大変だと聞きます。
日本の奨学金制度もいろいろ改善の余地があるなあと
思いました。
外国の方とお話すると、いろいろ勉強になります。





