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比叡山大阿闍梨

京都に住み始めて30年過ぎました。

最初は阿闍梨さんと山伏さんの見分けもつかなくて、

「山伏が通った」

と言ったら、向かいのおじさんに

「あれは阿闍梨さんやな」

と、笑われました。

カルチャーセンターに通っていたとき

課題に毎回比叡山の酒井大阿闍梨の

「一日一生」を英訳してくる人がいました。

 

そのころ、うちの前を阿闍梨さんが毎日のように歩いていました。

「あの人が酒井さんかな?」

と、尋ねると

「酒井さんは80歳代」

とおっしゃるので、

じゃあ違うね。。。

と、言って別れました。

その後近所のお米屋さんに尋ねると、

「あれは光永さんやね」

と、教えてくれました。

その時光永圓道大阿闍梨が千日回峯行京都大回りをされていたのです。

⭐︎千日回峯 7年かけて、行われる過酷な修行

 

 

 

 

 

 

検索したら2010年にその記事を書いています。

 

数年前は釜堀大阿闍梨の京都大回りに出会いました。

最終日にお加持をしていただき阿闍梨餅をいただきました。

 

30年で2人の大阿闍梨誕生に立ち会うことができました。

 

そして酒井雄哉大阿闍梨に戻ります。

酒井さんは2015年87歳でこの世を去られましたが、

さまざまな至言を残されています。

ひとつには、上に紹介した「一日一生」です。

 

行に入ると毎日わらじを履きかえる
ある時わらじが自分に見えてきた。
自分がわらじだったら、今日でおしまい。
明日はまた新しいわらじを履く。
今日の自分はわらじを脱いだときににおしまい。
明日生まれ変わるために反省すればいい。
今日の自分は今日でおしまい。
明日はまた新しい自分が生まれてくる。
一日一生だな。

今日失敗したからって、落ち込むことはない。
明日また新しい人生が生まれてくるじゃないか。

(大意)

 

酒井大阿闍梨は2回満行されていますが、

おそらく1回目のNHK密着映像です。(何度も広告が流れウザイです。)

引き続き60歳という最高齢で2回目の満行をされます。

長い比叡山の歴史でも、わかっているだけで3人目という偉業。

自分は頭もよくないし、祈ることしかできない。

生まれ変わったら、草木になって、空気中からしずくが落ちて

地下水になって、琵琶湖の一滴となり、

大阪の人に新鮮な水を飲んでもらえるように願います。

(大意)

 

 

「今生きていること自体が呼吸して生きている。

それ自体が感謝の気持ち。

それで世の中というのは、酷なようだけど無常の世界。

いつ何がおきても当たり前。

自然の中にいるのだから。」

 

酒井さんは若いころいろんな仕事についたそうです。

ある時はラーメン屋。

朝起きて仕込みして、昼に店を開けて、

夜になったら寝る。

やっていることは今と同じ。

ラーメン屋と同じと言ってしまう酒井さん。

ユーモアを感じますが、そこに真実があるんでしょうね。

 

ブロ友さんとコメントのやりとりで、

久々に酒井大阿闍梨を思い出しました。

 

早春の伊勢④ 旧御師の丸山宗大夫邸

大きな社寺には御師(おし、伊勢はおんし)がいて、
参拝者の祈祷、案内、宿泊などの世話をしたそうです。

大夫と称する御師はもともと官位が五位の神職でした。

天皇以外が祀ることを禁ずる私幣禁断の神宮でしたが、

中下級神職が神宮荘園などに派遣され、

地元の人の祈祷を引き受けるうち御師が生まれたといいます。

時代が下がると御師株を手に入れた人々が、御師となっていきました。

 

明治4年御師が政府により廃止されたため、

御師の館で現存するのは丸山邸だけになりました。

街道からここに入ります。

世古といういのは、小路ということです。

江戸時代最盛期には、宇治で271,山田に615の御師の家が

あり、堺のような宇治、山田自治都市(宇治は内宮の町、山田は外宮の町)

を形成していました。

今は伊勢空襲にも免れた丸山邸だけが現存していて

有形登録文化財に指定されています。

(通常非公開)

長屋門と


家屋だけが残って、客室部分は取り壊されています。

式台玄関

 

一年中かけられている伊勢飾り

蘇民将来子孫の家

祇園祭の粽と同じですね。

 

御師は北海道から鹿児島まで檀家がいたそうで、

参宮の際には、宿泊、案内など旅行社の役割を果たしました。

お札の配布や祈祷、神楽も御師の家で行われました。

神宮で神楽殿が作られ、神宮大麻が授与されるようになったのは

御師が廃止された明治以降です。

当時の食事を再現した写真や版木

 

御師邸内図

 

当時の料理の再現の上にあるのは伊勢暦

当時暦は貴重品で、御師が土産として持参したことから

全国に広まりました。

 

かなり傷んでいます( ゚Д゚)

NPO法人が管理しています。

ブラタモリで見てから、行きたいと思っていた

御師の家を見学できてよかったです。

最近作ったもの

暑いですね🥵

屋外で仕事をされている方々には頭が下がります。

というか、大丈夫か⁈

と思います。

最近作ったものです。

紫蘇ジュース


しば漬け


紫蘇をジュースにして、紫蘇をケチったから

あまり色づかず


こちらの簡単レシピですが、美味しかった

暑いときはゼリー系スイーツ

自家製梅ジュースの梅ゼリー

炊飯器の一夜ジュースなので、

梅がシワシワなのが、玉に瑕

オレンジゼリー

アメリカ産オレンジを絞って、

缶詰フルーツ入れました。


カレーを作ったあと、ココナッツミルクが余ったのでココナッツアイス


ローストビーフ


フライパンで焼いたあと

炊飯器の保温で放置

美味でした✨

こちらのレシピです。

 

 

食べて夏を乗り切りましょう。


早春の伊勢③ 内宮つづき

林先生の「今知りたいでしょ」睡眠特集見ていたら
朝起きられないティーンエイジャーに多い
起立性調節障害が紹介されていました。
まだまだ世間的には周知されていないのだなあと
思いました。
治療はうちの子の時より進歩していると思いますが、
紹介されているのは一例だと思うべきです。
人によって症状は違うので、
同じ治療で同じように治るとは限らないと感じました。
 
伊勢の続きです。
内宮から

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御稲御倉を通って

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荒祭宮に行く途中に

踏まぬ石があります。

四つに割れていて、(3つに見えるが、本に4つと書いてある。)

踏まないように歩きます。

一説によると天から降ってきたそうです。

いろんな別宮があって、まわりきれないのですが。。。

一番大事な別宮。

荒祭宮

天照大神の荒魂が祀られています。

 

日が傾いてきて、電気が灯りました。

意外と遅くまで参拝できるんだなと思いました。

このあたり古いご神宝が埋められていたそうです。

御酒殿みさかどの

かつては神酒を醸造したところですが、

今は一時的に納める場所です。

外宮や内宮でもそうですが、

このような蛮塀があります。

不浄なものが入られないように、設けられています。

 

由貴御倉ゆきのみくら

由貴とは清浄で穢れのないということだそうです。

古くはお供え物を納めておく場所でした。

参拝しなかったのですが、橋を渡ると

元寇の際、神風を吹かせたという風日祈宮かざひのみのみや

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帰るころには空がこんなにきれいでした。

夕方のお参りはよくないと言われますが、

こんな時間帯(夕方6時ごろ)にお参りしたのは初めてでした。

 

早春の伊勢② 内宮

伊勢の続きです。

時系列ではないのですが、

外宮ときたので内宮 皇大神宮です。

ご祭神 天照大神は日本人の総氏神様で、

三種の神器の一つ八咫鏡をご神体とします。

 

内宮の玄関 宇治橋です。

遷宮ごとに架け替えられます。

橋脚はケヤキで、橋自体はヒノキ造り。

令和11年の11月に渡り始めがおこなわれます。

渡り女が履く草履はうちの近くの畳屋さんで作られるそうです。

 

20年に1回の仕事ですと、講座の中で話しておられました。

 

この杭のことはブラタモリで知りました。

橋脚を流木から守るそうです。

 

夕方に行くと人がいません!

このあたり今は広々としていますが、明治時代までは

お土産物屋さんなどが立ち並んでいたそうです。

 

御贄調舎

祭事にあたり、御饌都神である豊受大神をお迎えし、

神饌を調理する場所です。

内宮は広いです。

やっと正殿近くまできました。

今度の式年遷宮ではこちらに遷ります。

 

ここから先は撮影禁止

 

そばにある御稲御倉は小さいけれど、ほぼ同じ造りで撮影できます。

窓はありません。

 

住吉大社などは置き千木だそうですが、こちらはホントに出てます。

鰹木は6本

 

高床式

 

棟持柱もあります。

 

せんぐう館に行くと、より詳しいですが、

時間がない方はこちらをごらんください。