早春の伊勢④ 旧御師の丸山宗大夫邸
大きな社寺には御師(おし、伊勢はおんし)がいて、
参拝者の祈祷、案内、宿泊などの世話をしたそうです。
大夫と称する御師はもともと官位が五位の神職でした。
天皇以外が祀ることを禁ずる私幣禁断の神宮でしたが、
中下級神職が神宮荘園などに派遣され、
地元の人の祈祷を引き受けるうち御師が生まれたといいます。
時代が下がると御師株を手に入れた人々が、御師となっていきました。
明治4年御師が政府により廃止されたため、
御師の館で現存するのは丸山邸だけになりました。
街道からここに入ります。
世古といういのは、小路ということです。
江戸時代最盛期には、宇治で271,山田に615の御師の家が
あり、堺のような宇治、山田自治都市(宇治は内宮の町、山田は外宮の町)
を形成していました。
今は伊勢空襲にも免れた丸山邸だけが現存していて
有形登録文化財に指定されています。
(通常非公開)
長屋門と
家屋だけが残って、客室部分は取り壊されています。
式台玄関
一年中かけられている伊勢飾り
蘇民将来子孫の家
祇園祭の粽と同じですね。
御師は北海道から鹿児島まで檀家がいたそうで、
参宮の際には、宿泊、案内など旅行社の役割を果たしました。
お札の配布や祈祷、神楽も御師の家で行われました。
神宮で神楽殿が作られ、神宮大麻が授与されるようになったのは
御師が廃止された明治以降です。
当時の食事を再現した写真や版木
御師邸内図
当時の料理の再現の上にあるのは伊勢暦
当時暦は貴重品で、御師が土産として持参したことから
全国に広まりました。
かなり傷んでいます( ゚Д゚)
NPO法人が管理しています。
ブラタモリで見てから、行きたいと思っていた
御師の家を見学できてよかったです。








