生まれては、死ぬるなり
アメリカに住む高校時代の親友から電話がありました。
帰国すると、電話があります。
「お父さんが昨日亡くなった。」
もう何度も
「お父さんが悪い」
と、帰国するたびに言っていたので、
とうとうその時が来たのか
と、思いました。
90歳のお父さんですが、
亡くなる直前まで話ができたそうです。
いろんな不思議な事を言ったそうで、
亡くなった人たちがお迎えに来ていたようです。
一方また別の高校時代の親友からメールが来ました。
9月で仕事を辞めたので、時間ができましたと。
彼女は6月に孫ができたそうですヽ(゜▽、゜)ノ
私の友人で孫第1号です。
亡くなる命もあれば、生まれる命もある。
赤ちゃんの誕生は希望です。
ひっぱっていますが
一休寺まで今日も(ブログが)いけませんでした。
生まれては、死ぬるなり。釈迦も達磨も、猫も杓子も
一休宗純
南山城 観音寺
かつては大伽藍があったそうです。
天智天皇の勅願により、義淵が創建
聖武天皇の御願により、良弁が伽藍を増築された普賢教法寺が前身
興福寺の別院でしたが、廃仏毀釈ののち今は真言宗智山派のお寺です。
京都でも国宝の仏像は本当に少ないのですが、
こちらの十一面観音菩薩立像は天平時代のもので
国宝に指定されています。
ご住職が般若心経を上げてから、御開帳くださいました。
触ってはいけません。
と言われましたが、本当におみ足に触りたくなるほど、
目の前の美しい蓮の花の上におみ足がありました。
国宝の十一面観音像のうち天平時代のものは
奈良聖林寺と観音寺のもので、木心乾漆像で
木の胴体に漆と 木屎漆(こくそうるし)を盛り上げて細部整形してありますが、
分厚いところでは漆の厚さは2センチくらいあるそうです。
南山城の古刹めぐり、深いです。
すぐそばに同志社大学の京田辺キャンパスがあります。
自由は煩わしい
で、そこで和尚様とお話していまして、
外国人の人がお坊さんの剃髪を不思議に思うらしいと言うと、
「禅宗の僧の暮らしというのは
事細かにスケジュールが決まっていて
あまり自由はないのですけれど、
かえって煩わしいことはないのです。
頭にしても、髪の毛の乱れを気にすることはないし、
却って楽なのです。」
というようなことをおっしゃいました。
なるほどな~と思いました。
何をしてもいい
となると、いろいろ何しようか考えるのですよね。
現代人の悩みはそこにあるのかもしれません。
以前長生きのおばあちゃんの生活を追っていました。
毎日のスケジュールがほぼ同じ。
それが長生きの秘訣なんだそうです。
ただね、しんどくなると生活リズムが乱れて
負のスパイラルに陥って
そこから抜け出るのってホントに大変なことは
私も身をもって知っています。
一方で、研修で1か月間規則正しい生活を送っていた長男
食欲がすごく出て別人のような食べっぷりです。
だんだん元の夜更かし生活に戻りつつありますがね。
生活のリズムの大切さ
それを保つ困難さ、改めて感じます。






