烏丸ママのブログ -64ページ目

スマートコーヒーでランチ

寺町通りにある人気コーヒー店

スマートコーヒー

あれ誰も並んでいない!

(暑さのせい?)

お昼がまだだったので、入ってみる。

入ったの初めてかな?

記憶にない。

お食事は2階らしい。


エビフライとクリームコロッケ。

パンかライスか選べます。

コーヒーは別料金。

急いでいたので、コーヒー抜きで、

コーヒー豆買って帰りました。

今度はコーヒー飲みに行きます☕️

早春の伊勢 16 松下社

とびとび引っ張ってきまきたが

いよいよ伊勢最終回

二見の松下社(まつしたやしろ)にやってきました。

蘇民将来の家があったと言われる場所で、

道の駅?「民話の駅 蘇民」があります。

伊勢では珍しい陰陽道の神社です。

はっきりわかっていませんが、一説によると

安倍晴明が神様をお招きして創建したと伝わります。

ご祭神は素戔嗚尊、菅原道真、不詳一柱

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陰陽道とか牛頭天王は中国由来かと思っていましたが、

日本独自のものなのですね。

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蘇民社

松下社では12月26日に桃符頒布始祭が行われ、

「蘇民将来子孫家門」の木札のついた注連縄の頒布が

おこなわれます。

もともと桃の木で札が作られていたので、桃符、

または門符と言われます。

あちこちで見られる「蘇民将来」の木札のルーツは

この松下社だそうです。

 

そしてここでしか見られない榊巻。

このように榊の塊が境内のあちこちで見られます。

 

12月31日榊巻神事が行われます。

境内を掃除し、しめ縄を換え、榊巻にとりかかります。

枯れた榊の周りに新しい榊を束ねて巻くそうです。

松下社は20年に一度社殿が建て替えられますが

それに合わせて榊を新しいものにし

1年ごとに榊の枝を重ねて巻いていかれます。

 

樹齢2000年の大楠があるそうですが、

画像はありません。

松下社は、もとは加木牛頭天王社と呼ばれましたが、

明治になりご祭神が素戔嗚尊になったようです。

修験道は真言宗に吸収されましたが、

明治3年陰陽道は禁止されました。

町や村にいた陰陽師は祈祷やお祓いの他

芸能も受け持っていました。

お正月には家々を回り、新春を祝いました。

それが漫才のルーツと言われています。

 

ながながお付き合いいただきまして

ありがとうございました!

笹谷伊織で涼んで帰る

暑い日が続きます。

さてここはどこでしょう?

笹谷伊織カフェからの眺めです。


メニュー見て、かき氷?

あーかき氷なら、虎屋茶寮に行けばよかった!

と思い、抹茶ゼリー

この大の字は羊羹でできていました!


さきほどのこんな眺めです。


最近亡くなられた先代の宗室さんのお軸?

近づいてみたら、コピーみたい。

ギヤマンの水差しが素敵💓


明日も暑いそうです。

”できることから始めよう”

京都市内では今日から新学期が始まりました。

今週も猛暑予想の中、通学ですよ。。。

御所の児童公園も暑すぎてだれもいませんでした。



もともと不登校の息子の記事と京都の記事を

まぜこぜに始めたブログです。

不登校16周年。。。

ちょうど夏から体調をくずし、

ドクターストップで9月から長いおうち生活が始まりました。

価値観が180度変わる出来事でした。

私たちの世代では「学校は行くもの」

と思っていました。

四六時中子供が家にいるのは親にとってもつらいことでしたが、

子どもにはもっとつらいことでした。

後日「おかあさんに学校に行けと言われてつらかった。」

「失ったものも多い」

と言いました。

そういう時期も含めて、今の息子を作っています。

 

夏休み明けから不登校になる子が多いそうです。

この時期不登校ブログを再掲しています。

主治医の先生には10歳から22歳までお世話になり

息子の大学卒業のタイミングで先生は閉院されました。

医者と患者は相性もあります。

この主治医の先生に出会えたことは

幸運なことでした。

ときに私が先走ると、ストップをかけ、

あるときは

「三男君はおかあさんがついているから大丈夫。」

と励ましてくださいました。

紹介された臨床心理士曰く

「とにかく休め休めという先生」。

今になると、「急がば回れ」

ということだったとよくわかります。

しんどいときは、何も手がつけられない。

休みましょう。

その時が来たら動き出します。

何度も言われた言葉です。

生きているだけで、まるもうけ。

 

早春の伊勢 15 二見 大江寺

みなさまのあたりは大丈夫でしたか。

京都は夕方に雷が落ちまくって、

100ミリを超える雨が降りました。

みなさまのお住まいのところも大事ありませんように。

 

さんざん引っ張ってきた伊勢シリーズ15回です。

海水浴場に沿って、

旅館街がありますが、

二見の町の中心は水族館の山側です。

 

伊勢らしい造りの妻入りで、黒っぽい家

 

そこに猿田彦石

二見興玉神社の祭神は猿田彦さんです。

 

この階段を上がると

真言宗醍醐派 太江寺です。
時間の関係で参拝しませんでしたが、
天平時代に行基上人が創建したと伝わる古刹です。
そちらにも興玉神が祀られています。

HPによると

倭姫命は、天照大神を祭祀する地を求め、伊勢志摩地域では最も四神相応(清浄な海、川、山、大道が揃った)の地に近い二見ヶ浦五十鈴川河口を遡り、内宮を定めました。その河口の興玉神の霊地に太江寺は建立されました。
奈良時代には僧行基が現夫婦岩沖700mの海上の興玉神石より龍神と共に昇りし、神仏・興玉神・天照神・千手観世音菩薩を祀った神仏習合のお寺です。

 

境内に通じる坂の下に

十王堂があります。

十王は人が亡くなったとき、審判する閻魔をはじめとする10人の尊王です。

手前に小さい顔のついた天秤があります。

業秤ごうはかりです。

 

藤や紫陽花のきれいなお寺で、

重文の千手観音が祀られているそうなので、

二見に行った際はお参りしたいです。

 

いよいよ次回が伊勢の最終回です。