烏丸ママのブログ -602ページ目

ヴォーリズ記念館

去年のちょうど今頃行った近江八幡

アップしないままで、ひっぱりだしてきました。

建築家のウィリアム・ヴォーリズは近江八幡に住んでいたので、

今も近江八幡にはヴォーリズ建築が残されています。

こちらヴォーリズ記念館

ヴォーリズと満喜子夫人が暮らした家です。

思いのほか質素です。

満喜子夫人は華族のお嬢様だったので、

アメリカ人の伝道者と結婚するというので

大々的に報道されたようです。

満喜子夫人のお兄様は

NHKドラマ≪あさが来た≫のモデル広岡浅子の娘婿だったのですが

広岡家の自宅設計者として招かれたヴォーリズと出会い

結婚することになります。

中は撮影禁止ですが、

唯一許されたのがこの窓

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ブログの様式が変わってから縦画像がなおりません。。。

この窓何かに見えませんか?

そう。十字架なんです。

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この部屋には「神の国」と書かれたヴォーリズの書が

掲げられていました。

第二次世界大戦中に日本に帰化したヴォーリズは

一柳米来留ひとつやなぎめれると名乗りましたが

「米来留」とは米国より来りて留まるという洒落だそうです。

伝道するために力を注いだのが

教育と衛生です。

またその事業費として、設計やメンソレータムの販売を始めました。

このドアノブ、多くのヴォーリズの建築に見られます。

ヴォーリズの事務所が販売したもので、

ほぼ国産で建設された国会議事堂にも使われているそうです。

これはかなり傷んでいるので、

旧八幡郵便局のドアだと思います。

 


おもしろくて、すぐに読めました。

広岡浅子も出てきます。

朝ドラにしてほしいです。

 

そうそう!

昨日アップした埋蔵文化財の場所ですが。。。

今日前を通ったら、すっかり埋め戻されていました。

その上に建物を建てるってことですね。。。

うっかり建てられない

大徳寺あたりを自転車で走っていたら、(先週)
駐車場あたりがきれいでした。
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その南東の民家だったところに、ドラッグストアが建設中です。

なかなか工事が進まないと思ったら、こういうことになっていました。

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何が埋まっているんでしょうかね?

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このあたりは淳和天皇の離宮であり、
のちに雲林院というお寺でもありました。
南側のマンション建設地でも遺構が出てきたようですから
また何か出たんでしょうね。
発掘費用とかは事業者負担が多いそうです。
(自治体によって違います。)
工期が遅れて、発掘費用も発生するとは、(;´д`)トホホですね。
さすがに個人宅は相談できるようですが、
うっかり建てられませんね。
 

 

色づく

今日は家でまったりしていました。
なので自転車で走った範囲の画像です。
賀茂街道は加茂川沿いの道です。
川沿いはケヤキとか、エノキとか楡が大木がりますが、
紅葉しているのが何の木か、よくわかってません。
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鴨川から堀川通に抜ける通り
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ああ、ここですね。

台風で大木が倒れて通行止めになっていた場所

このガードレールのへしゃげ方

事故にならなくてよかったです。

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堀川通
さっき車で通ったときはもっときれいだったのに
ちょっと日が傾きすぎたみたいです。
今年はやっぱり紅葉が早いと思います。
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朝ドラ見ていますけれど、
ちょっと最初の勢いがなくなってきた感じ。
2人がいい雰囲気になったところに、鈴木京香さんの姑が入ってくる。
その有働さんのコメントにうなづいた。
有働さん「せっかくのファーストキスだったのに」
いのっち「もうやってるでしょう」
(そのままの発言じゃないかもしれません。)
私も主役カップルの間に流れる他人行儀な空気を感じてました。
なんかラブラブ感が感じられないんですよね。。。
『べっぴんさん』の、すみれちゃんとのりおさん夫婦もそうだったけど。。。
わかなちゃん、がんばれ。
 
あとは、あの殺人事件の報道に関し、息子が怒ってました。
被害者の人権が守られていないって。
被害者遺族が実名報道はやめてくれ
と希望しているにも関わらず
実名で詳細が報道されていると。
確かに今日見ていた番組は家にまでおしかけているんですよね。
被害者は2度殺されているようなものです。
報道のモラルが問われます。
 

そんなこんなで早くも11月は半分過ぎていきます。

初新世界

国宝展より
大阪のあべのハルカスで開かれている北斎展のほうが混んでました!
2時間後に来るようにと、整理券を渡されました。
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その間に新世界に足を伸ばし

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串カツを食べました。

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私たちが若いころは寄り付くような場所ではありませんでした。

しかし祖母の若いころはこのあたりでフグを食べていたらしく

「新世界のずぼらやでフグを食べたい」

と晩年言っていたものです。

 

とくにジャンジャン横丁は日雇いの人たちが食事をするところで

激安。。。

「なんの肉が使われているのか、わかったもんじゃない

とも言われていました。(私が10代のころの話)

今はそのジャンジャン横丁には観光客が歩いています。

その中にある喫茶店

「ミックスジュース発祥の地」だそうです。

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で、その北斎展ですが、
中も混んでいました。
意外だったのは肉筆が多かったこと
個人蔵が多かったこと
大英博物館がたくさんもっていたことでしょうか。
あんなに細かい波の飛沫、細い線
よく版画にできたものだと、彫師の腕がすごいと思いました。
最後の作品の虎
なんと90歳の作品だということで
それが一番びっくりでした。
 
 

 

興正寺

西本願寺の隣に興正寺というお寺があります。

隣り合わせなので以前は本願寺の敷地だと思っていましたが、

本願寺から独立した別のお寺です。

興正寺は聖徳太子の「正しい法を興しさかえさす。」

ということばから取られています。

興正寺はもとは山科に建立されましたが、

東山 渋谷に移転し、その際、本尊が光を放ったことから

仏光寺という寺号を後醍醐天皇から賜りました。

室町時代になると、蓮教上人は本願寺の蓮如上人と歩みを共にし、

仏光寺を弟に譲り、山科に興正寺を興しました。

その後は本願寺とともに行動し、現在地に移りました。

皇室ともゆかりが深く、前門主さんは一般人で1番陛下と血縁が深いと雑誌に紹介されていました。

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寺紋の牡丹の彫刻が美しい山門
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嘉永元年建立の胸像
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阿弥陀堂は親鸞聖人の遠忌のときに修復されたのか、
極楽浄土を思わせるピカピカな内陣でした。
親鸞聖人をお祀りした御影堂も美しい彫刻が施されていました。
 
 近くのいしまるさんでランチ
鯛茶漬けランチです。
胡麻だれで、美味しかったです。
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