耳塚
耳塚は今まで目を背けていました。。。
豊臣秀吉の朝鮮出兵の折、
国内なら首なのですが、異国の地なので
敵の鼻とか耳を塩漬けにして持ち帰ったそうです。。。
秀吉公の命によりそれをこの地に埋めました。
五輪塔もそのころに建てられたようです。
ちょうどこのときは献花式がおこなわれていて
朝鮮半島の式服を着た方もいらっしゃいました。
なので、少しアングルが変です。
まわりにはたくさんの人が集まっていました。
京博の帰りに立ち寄ったところ
手水舎に行くとひょうたんから水が出るようになっていました。
そのすぐ隣が方広寺です。
というか、豊国神社があるところに大仏殿があったそうです。
昔は境内が広く、国立博物館から三十三間堂のあたりまでが
境内だったようです。
有名な方広寺の梵鐘
「君臣豊楽」「国家安康」という銘が徳川家康を冒涜していると
いちゃもんをつけられ、豊臣家滅亡につながったと言われています。
その部分はわかりやすく白で囲まれています。
明治になるまでこの梵鐘はあまざらしになっていて
鐘楼は明治に建てられたそうです。
美しい天井画で迦陵頻伽が描かれています。
大変りっぱな石垣で、大仏殿石垣という碑が立っています。
皇室の名宝
ホントに名宝ぞろいです。
教科書に載っている蒙古襲来絵巻とか
春日権現絵巻
絵巻は画と違って巻かれてしまってあるせいか
色が大変きれいです。
たぶんこれが原寸くらいですから、
着物の模様とかすごく細かくて、面白かったです。
春日権現なので、鹿さんも描かれていました。
円山応挙の孔雀も圧倒されるほどの美しさでした。
この孔雀と下の若冲の絵葉書を買いましたが、
もう全然色が違います。
おそらく岩絵の具は宝石が使われているんでしょうね。
キラキラでした。
若冲の動植綵絵より雪中鴛鴦図
このボタ雪の質感は印刷では伝わりません。
今ならエアブラシを使うところです。
動植綵絵は相国寺から献上されたもので、
何年か前に相国寺で複製品が展示されました。
本物を一挙展示してもらいたいものです。
入口は南側ですが、
帰りは東側から出られます。
旧館は閉じられたままで、どうするのかな。。。
考える人の横に人がいるので、噴水の水で隠しています。
東側にPINEさんというカフェがありましたが、
「15年間ありがとうございました」
と、書いてあり、閉店されていました。
15年続いていたのに、コロナには勝てなかったのか?
観覧客の多い展示はまわりのお店にも人を呼ぶのですけれど。。。
館内のレストランは席数を制限しているせいもあり、
行列ができていました。
後期だけのものもたくさん展示されるので、
後期も行きたくなりました。
リピーター割引とかないのかしら。
大徳寺 龍源院
滹沱底(こだてい)
書院の阿吽の庭は聚楽第の遺構という凹凸
の石が使われています。
凹の石は手水鉢のようになっています。
凸の石
秀吉と家康が対局したと言われる碁盤(重要美術品)
最古の種子島銃 確か盗難にあったことがあると記憶しています。
南側の庭 一枝坦
昭和の庭だそうで、和尚様が2か月に一度
線を引かれるそうです。
蓬莱山形式の庭
手前が亀島 真ん中が蓬莱山 右端が鶴島
実は一番古いのはこの北庭 竜吟庭
室町時代の庭で、三尊石からなる須弥山形式の庭で
相阿弥の作と伝わります。
日本一小さい石庭 東滴壺
1960年重森三玲の弟子 鍋島岳生の作だそうです。






















