法善寺あたり
西向お不動さん、ますます苔むしている気がする。
両側に矜羯羅童子(こんがらどうじ)と制吒迦童子(せいたかどうじ)
おられるけど、よくわからない~
水をかける。。。というのは戦後に始まったそうで、
私の幼い記憶でも苔はなかったような。。。?
見覚えのある利剣名号(知恩寺に伝わる弘法大師筆の南無阿弥陀仏で、剣のように尖った字体)
だと思ったら、ここは浄土宗知恩寺の末寺でした。
新しいお堂ができています。
お腹がすいたので、たこやきを食べに行こうと思ったら、
ガレット(そば粉のクレープ)の店があり、
吸い込まれてしまいました。
豚肉のガレットランチ
吸い込まれたわけがわかりました。
昔よく行ったフランス料理のアンジュの姉妹店でした。
2年ぶりに難波でOSK
ところで大阪松竹座ではOSK日本歌劇団が千秋楽を迎えました。
OSKは宝塚、松竹歌劇団とならぶ3大少女歌劇でした。
松竹歌劇団は1996年に解散、OSKも親会社の近鉄が撤退し
一度は解散しましたが、関係者の努力により再出発しました。
宝塚もベルばらブームが来なければ、危なかったと言われています。
今回は新トップに就任された楊琳さんのお披露目公演でした。
踊りのOSKと呼ばれるようにレビューの二本立て。
踊って踊って踊るプログラムでした。
3階席でしたが、舞台と近くオペラグラスなしでも見えました。
ついつい宝塚と比べてしまいますが、
OSKは昔の宝塚を思い起こします。
もう少し庶民的で、スターさんが身近だった時代の宝塚。
来年は100周年。
がんばっていただきたいです。
思ったより早く終わったので、付近を散策。
北摂の人間は梅田どまりで、あまりミナミには来ません。
道頓堀にはクルーズ船が浮かび、
私の知っている道頓堀とは別物になっていました。
が、またもとの道頓堀です。
2年前に大阪研修に来たコースを歩いてみました。
阿弥陀ヶ峰の豊国廟
家族を近くまで送って行ったので、
一気に車で豊臣秀吉公の豊国廟までアプローチ。
前は徒歩で来たので、
入り口にたどり着くまでの上り坂に疲れました。
プリンセスラインのバスなら近くまで来てくれることも知らず。
入り口でこの高さですから。
左が稲荷山のあたりで、正面が石清水八幡宮のある男山
鳥居の向こうに東本願寺の屋根が見えます。
で、ここから500段の石段上がります。
拝観料?100円です。
がんばります。
一段が割と高いし、勾配があります。
ちょっとひと息
少し広いところに出ました。
まだまだ上ります。
太陽は木立の上から差すのに、
正面の光の方が大きい。
息をハアハアしながら
着きました!
伊東忠太が設計した五輪塔です。
明治に整備された際素焼きの壺に入った遺骨が見つかったそうです。
北側にまわると、視界が開けます。
清水寺です。
うちのあたりは向こうだね。
1番下の真ん中あたりの若草色の屋根は
同じ伊東忠太設計の祇園閣です。
前はこんなに見晴らしよくなかったよね?
帰り際に声をかけてくださった神社の方にお聞きすると、最近木を切ったので、視界が開けたとのことでした。
こちらもお参りしました。
豊臣秀頼の遺児 豊臣国松は8歳で斬首。
豊国廟が整備された際に誓願寺から移されてきました。
国松には生存説があります。
真偽はわかりませんが、8歳で斬首なんてあまりにも残酷です。
そう思う人々がそう信じたい気持ちの表れだと思います。
往復30分の散歩でした。
建仁寺本坊
寺宝展
瀟湘八景図は中国の瀟水しょうすいと湘水しょうすいという川が洞庭湖に注ぐ地域の八景で、
山水図として昔から描かれてきました。
雨で煙る瀟湘の風景
暮れ方の雪山雨上がりできれいな苔
本堂南側 大雄苑
法堂の双龍図
ここは平成の作品で5本爪の龍です。
サンダルが置いてあるので、庭に降りて
茶室をのぞくことができます。
織部風の灯籠と建仁寺垣
竹の垣がいろいろバリエーションがあり
面白いですね。











































