
朝ドラ最終回と、最近のハリネズミ
NHK朝ドラ今日で最終回でした。
無理やり「めでたしめでたし」にまとめてました。
最後までヒロイン暢子には共感できず。。。
暢子はひらめきで行動する人。
あんな人が家族にいたら、周りは振り回されます。
イタリア料理修行していたのに、
「沖縄料理店をやりたい」って、
妊娠中に沖縄料理店をオープン。
沖縄に里帰り中、
沖縄に突然戻ると言い出す。
鈴木保奈美演じるお姑さんの顔が思い浮かばないのか?
和彦くんは一人っ子。
息子も孫も沖縄に行ってしまう。
お姑さんがかわいそう。。。
ヒロインの黒島さんが悪いわけじゃないけど、
これだけ話題になってよしなのか、
暢子のKYのイメージがついて、よくないのか。。。
ま、次回作がんばってください。
仲間由紀恵さんはじめ、キャストさんはよかったのと、
三浦大知くんと、上白石萌歌さんの歌声はよかったです。
ラジオ講座は聞き忘れるのに、朝ドラは見てしまうという
この不思議www
ハリネズミの近況です。
朝晩涼しくなってきて、夏用のベッドから
朝起きると、回し車に巣ごもり。
ハリネズミは走りながら💩をするので、
回し車にはペットシーツを貼り付けています。
養生テープでとめてあるのですが、
夜中にどうして剥がすのか、
中にこもって寝ているんです。
べりっとはがすとかわいいお顔が見えた。
好物はミルワームです。
末っ子の誕生日でした。
昨日は末っ子の誕生日でした。
末っ子が生まれた年もいつまでも暑かったです。
妊婦は脂肪が多くなるので、よけい暑い。
(今はそれ以上に肉襦袢巻いてますが😅)
起立性調節障害で小学校4年から5年半のおうち生活。
通信制高校を経て、今大学4年生です。
通信制高校も大学も1日中授業があるわけではないので、
しんどいなあと言いながら、なんとかやってきました。
来年から社会人になるには、不安は残ります。
まあどうにかなるやろう。。。
知らんけど。。。
↑この知らんけど。。。という言葉が今若者で人気らしいです。
2人なので、ホールケーキはやめて、小さいのを三つ。
下鴨のクラシックさんに行ったら、プリンとロールケーキしかなかったので、
下鴨神社そばのラマルティーヌさんに。
私は旬のモンブラン💮
息子はシンプルにチーズケーキ
もう一つピスタチオを買いました。
おいしかったです。
おまけ。
筋子が出ていたので、身をほぐしてしょうゆ漬けにしました。
近くのスーパーのサッカー台で小学校のPTAで一緒だった人に会いました。
たくさん食材を入れておられたので、
「うちは今二人なんですよ。」
と、言うと
「みんなそう言いはるね~。
うちは家族今も多いけど。。。」って。
京都って結構三世代家族多かったけど、
段々そうでもなくなってきたなと感じます。
ところで、対馬から城御朱印が送られてきました。
メモ見て笑いましたー
「もう一度来てね」とは言いづらいですが…
ってありました😆
壱岐空港から帰りました。
原の辻遺跡に行こうとして、ナビを入れると、
壱岐市立一支国博物館に連れていかれました。
すごい建物ですね。
2010年建築家 黒川紀章(1934~2007)晩年の作です。
そして、ここの館長が勝本で司馬遼太郎氏を案内した須藤正人青年。
この日は夏休み終盤でイベントが行われているようで、
たくさんの親子連れが訪れていました。
原の辻遺跡への遊歩道がありますが、
お聞きすると徒歩20分ほどということで、
車で原の辻ガイダンスまで向かいました。
そして帰途につくべく、壱岐空港に向かいました。
やっぱり空港に着くのは1時間前だよね?
レンタカーも返却しないといけないしね?
と、思ったら、とんでもございませんでした~
都市の空港はついてから、セキュリティチェックを通り、
搭乗口まで延々と歩かされるのですが、
ついてみたら、こんな感じ。
左が管制塔?右が空港建物。
お店もございませんでした。
ギリギリに着いても間に合ったと思う。
1時間ひたすら、ぼーっと待っていました。
こんなことなら博物館を見学したらよかったです。
そして、レンタカーなのですが、
「どこで、返したらよろしいでしょうか」
と、問い合わせると、
「鍵つけたまま、乗り捨ててください。」
まあね、島だから盗難してもフェリー乗らないと
脱出できませんからね。
飛行機は久々のプロペラ機です。
長崎経由で帰りました。
対馬には福岡、長崎から飛んでいますが、
壱岐は福岡に近すぎて、便がありません。
これにて、壱岐対馬の旅日記はおしまいです。
長らくおつきあいいただき、ありがとうございました。
ここに索引かわりに壱岐の記事を貼りつけておきます。
国特別史跡 原の辻遺跡
「壱岐に行ってきた。」
と、言うと、
「そんな僻地に行ってきたん?!」
と、言われましたが、
何をおっしゃるうさぎさん。
今はそうかもしれませんが、
壱岐は大陸からの文化がいち早く伝わった
日本でも先進の地域でした。
古事記では五番目に生まれた島で、
魏志倭人伝では30の国が記されていますが、
国の位置と王都が特定されているのは唯一、一支(壱岐)だけです。
その一支国の王都がここ、原の辻(はるのつじ)遺跡。
弥生遺跡としては、登呂遺跡、吉野ケ里遺跡に並び国特別史跡に指定されています。
国の特別史跡ってとても少ない。
京都は金閣寺、銀閣寺、醍醐寺三宝院のみ。
長崎県では金田城と
原の辻遺跡だけ。
原の辻遺跡は一支国の王都とされ
紀元前2~3世紀から紀元3~4世紀に形成された三重の堀の環濠集落です。
↑原の辻ガイダンスという資料館、体験施設みたいな場所に
車を停めて向かいます。
発掘されたアジア最古の船着き場の模型
大陸から持たされた技術で作られたようです。
壱岐の平野は長崎県では諫早平野についで2番目に大きく
日本では稲作が最初に伝わったのかなと感じました。
平戸藩からとても搾取されたそうです。
ひときわ目立つ見張り小屋
高床式の倉
桁行2間、梁間1間 切妻
従者の宿舎
外国使節団の長の世話をする従者の滞在した建物。
左後がおそらく使節団の倉、右後ろが迎賓の建物
入口
ここは入れませんでした。
内部
ここは壁があるので、別の建物です。
火をおこす場所なのでしょう。
弥生時代ここで外国の使節を迎えたと思うと驚くべきことです。
どうやってコミュニケーションとったのでしょうね?!
ここに来て、建築史の先生の言葉を思い出しました。
高床式の建物→高貴な人の住居
竪穴式住居→庶民の住居(土間)
に発展していった。
こちらが壱岐最後の訪問地でした。
壱岐のモンサンミッシェル 小島神社
イルカパークからくねくねした山を越え、
小島神社に向かいます。
小島神社は干潮時だけ渡れる島にあり
壱岐のモンサンミッシェルと呼ばれています。
まわりの内浦湾は日本遺産にも指定され
360度美しい!
棚田も見えましたか?
干潮時を狙っていきました。
私たちは歩いて、鳥居をくぐりましたが、
福山雅治さんは満潮時に小舟で鳥居をくぐっておられました。
(1分20秒くらいから)
小島神社もよかったのですが、
まわりの内浦湾(うちめわん)がとてもきれい!
女性1人旅も多いのか、
イルカパークでもおひとり様の女性がアシスト自転車で来ていましたが、
小島神社でも
「1人なので、写真撮ってください」
と、言われました。
私も息子がついてこなかったら、おひとり様で回ったと思います。































