
鞍馬寺から貴船に下りる
新緑の季節で、どこも青紅葉がきれいでした!
ケーブルで上がるとあっという間です。
200円ならケーブルがおすすめ。
前回は鎮守社である由岐神社を通って、歩いて上がりました。
(過去ブログの写真です。)
それほどキツイと思った覚えはないです。
同行者はハイヒール履いてたくらいですからwww
ブログを検索すると、ちょうど13年前の5月です。
便利だな~
この日は30℃を超える日でした。
この手水舎がある場所は転法輪堂で
大きな阿弥陀如来像があります。
先客が一人いて、外国人男性が瞑想していました。
ほどなくして、本殿金堂に到着。
ホームページから縁起をコピペします。
『鞍馬蓋寺縁起』によれば、奈良時代末期の宝亀元年(770) 奈良・唐招提寺の鑑真和上(688~763年)の高弟・鑑禎上人は、正月4日寅の夜の夢告と白馬の導きで鞍馬山に登山、鬼女に襲われたところを毘沙門天に助けられ、毘沙門天を祀る草庵を結びました。桓武天皇が長岡京から平安京に遷都してから2年後の延暦15年 (796)
造東寺長官、藤原伊勢人が観世音を奉安する一宇の建立を念願し、夢告と白馬の援けを得て登った鞍馬山には、鑑禎上人の草庵があって毘沙門天が安置されていました。そこで、「毘沙門天も観世音も根本は一体のものである」という夢告が再びあったので、伽藍をととのえ、毘沙門天を奉安、 後に千手観音を造像して併せ祀りました。
今読んで、鑑真和上ゆかりと聞いて
へえ~と思います。
この間鑑真和上の開かれた唐招提寺にお参りしたばかりなので。。。
結構こういうことって続きます。
何度か来てもすっかり由緒は頭から飛んでいます。
ここは鞍馬弘教という新興宗教が運営している宗教法人だということだけ
頭に残っていました。
佛教や修験道、古神道などいろいろな宗教が習合しているそうです。
前回はグループでの拝観だったので僧侶の方に
とても親切に案内していただき
金堂には毘沙門天、千手観音、護法魔王尊が祀られています。
その前は宇宙のエネルギーを浴びることのできる金剛床。
本殿の地下は暗くてよくわかりませんでしたが、
信者の清浄髪が収められているそうです。
奥へ奥へと行くと、木の根道
岩盤が固くて、根っこが下にはれません。
僧正が谷 不動堂
この辺で牛若丸が天狗に兵法を習ったと言われています。
牛若丸だけでなく、「光る君へ」でも鞍馬詣でが出ていましたね。
魔王殿
太古の昔、護法魔王尊が降臨したという磐座があります。
やっぱり雰囲気のあるところでした。
平日にもかかわらず、そこそこ人はおられて、
こっちこっちと手まねきしてくれました。
すると。。。
ここまで来ると、川の音が聞こえてきました。
もう貴船です。
過去ブログみたら、ずいぶん昔の話なので、
三男が学校に行けなかった時代のことも出て来て、
いろいろ思い出しました。
京都の小学生が必ず行く、花背山の家に行く途中
鞍馬を通ったこと、
病院の帰りに貴船まで車で来た事。
人生どうなるか、わかりませんね。
大学入学したとき、息子の見た目は悠仁さまみたいだったんです。
だからさんざんネットで叩かれても
悠仁様にはシンパシーこそ感じますが、
悪い感情はありません。
息子は今筋肉質の大男です。
中身はあまり変わってませんけどwww
久しぶりに鞍馬寺
久しぶりに鞍馬寺から貴船に下りました。
出町柳駅から鞍馬駅まで叡電に乗ります。
学生さんとインバウンドで結構いっぱいでした。
二ノ瀬から鞍馬までの間、紅葉のトンネルがあり、
徐行してくれます。
レトロな鞍馬駅
自販機に御朱印帳!
山門です。
本尊は毘沙門天なので、 眷属の狛虎さん
結構傷んでます。
「鞍馬から貴船に行く」と、山歩きをする友人に言ったら、
「結構きついよ」
と、言われました。
「2回行ってるし、わかってるよ」
と答えたけど、
前回から10年は経ってます😓
なので、鞍馬寺まではケーブルで上がりました。
続く
全然野球は見ないのですが、
現役のプロ野球監督の現行犯逮捕にはビックリでした。
というか、その事実より、
AI の持つ危うさを改めて感じました。
もう一つ、警察は家庭内のトラブルには不介入と違ったのか
という驚きでした。
近所にパトカーが止まっていて、
何の事件?と思ってました。
近所のおばさんの話では
家庭内暴力で何度も警察が来ているらしいのですが、
結局何もせず帰っていくみたいです。
高松神明神社
烏丸御池はウロウロしているはずですが、
意外と烏丸から西には行きません。
御金神社も話題になってから一度参拝しただけで、
こちらの高松神明神社も初めて参拝しました。
祭神は天照大神、八幡大神、春日大神
かつては広大な敷地でしたが、今は街中の小さな神社です。
大河ドラマ「光る君へ」を見ていた方は瀧内公美さん演じる
道長の妾 源明子を覚えておられることでしょう。
(「大奥」で見たときから、瀧内さんのプチファンです。)
ここは、源高明が造営し、その後娘の明子が住まわれた高松殿があった場所です。
高明公は造営の際、伊勢から天照大神を勧請し、
鎮守の社としてお祀りされました。
それがこの神社の始まりです。
高明公は醍醐天皇の十番目の皇子で、光源氏のモデルとも言われています。
境内には真田幸村の知恵の地蔵尊が祀られています。
こちらの神社の社僧が和歌山にあった真田幸村の念持仏を
拝領し持ち帰り、お祀りしたものだそうです。
水琴窟もあります。
観光客が訪れるというより、
地元の方に信仰されている神社のようです。
NHK京都放送局から西に歩いて数分の場所で
ちらっと4K映像を見て帰りました。
ちょうど私の好きな洛中洛外図上杉本の解説番組が放映中でした。
御池通りはそろそろ紫陽花が咲き始めています。
京都国立博物館で北野天神展
少し前になりますが、
京都国立博物館に行ってきました
6月14日まで北野天神展が開催中です。
北野天満宮はご存じのように、菅原道真公を祭神とする神社です。
菅原道真は学者の家に生まれ、右大臣に上りつめるも
藤原時平の讒言により、太宰府に左遷され、失意のうちに亡くなります。
その後、都では厄災が起こり、道真の祟りに違いないと、
その魂を鎮めるために北野天満宮が創建されました。
明治になってから、仏教色を取り除かれたのは知っていましたが、
曼殊院門跡が北野天満宮の別当をしていたんですね!?
また足利将軍の寄進でかなり大きな経王堂があり、
その中に輪蔵があったそうです。
輪蔵は住友家などの尽力により、
住友家ゆかりの別子山にある瑞応寺に移築されています。
付近のお寺に北野天満宮の仏像などが移っていますが、
天神様の本地仏は十一面観音ということで、
道真ゆかりの観音様も展示されていました。
本殿北側の地主神社の擬宝珠にはかつての多宝塔のものが使われています。
上の右のほうに寶塔の文字が見えますね。
エントランス
展示の目玉は北野天神縁起絵巻 承久本
展示室は撮影禁止ですがワークショップの絵巻はOK
絵巻は割と好き。
史実でないところが面白い。
幼子が菅原家にやってきて
「ここの子供になりたい」と言ったそうです。
無実を天に訴えて、天神になったシーン。
有名な清涼殿落雷事件。
オリジナル展示はまだでしたが、これは複製。
もう一つの目玉は源氏の兄弟刀の同時展示です。
茂庵への道 神楽岡あたり
カフェ茂庵は吉田山の山頂近くにあり、
西側の吉田神社からはハイキング気分で向かうことになります。
一番楽に行けるのは東側の神楽岡通りからのルートです。
ところどころ看板が出ています。
吉田山に向かって階段を上がると、昭和の住宅が並びます。
京大に近いため、教官などが住まれた借家だったそうです。
斜面に建つので見晴らしはいいです。
更地ですやん。
でも車入りませんので、資材は人力で運ぶのか?
買い物しても困る。
でも素敵💓
この街並みを守るため、古民家再生プロジェクトできれいになった家もあります。
〇〇亭って書いてあったから貸し会場なのかも。
東山に張り付いている鉄筋の建物はノートルダム女学院高校か?
初めて見ました。
女子校は坂の上が多いというけれど、
心臓破りの坂なんでしょうね。






































