こんばんは!にっしーです☆

僕は良く、カフェに行く。リラックスした一時の為ではなく、勉強の為。

家は生活の場だから、なかなか勉強する気にならないんだよね。

学生の時はテストで点を取る為とか、資格合格の為にカフェで勉強していたけど、

臨床心理士に合格してからは、将来の為に勉強しに行くようになった。

そこで気付いたのは、カフェで1人勉強する時間は、「明日への投資」であるということ。紅茶一杯と、明日の為の時間を、カフェで買っている。


正直、仕事から帰ってきた時は行くのがちょっとめんどくさいと思ってしまうんだけど、それでも心を奮い立たたせて、カフェという名の拠点に向かう。

1日1時間のカフェでの時間が、未来を左右すると信じている。


そこで、読んでください!今日の詩です!


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                        「明日への投資」

                                                      にっしー作


どうしようかなぁ

行くのやめようかなぁ

オリンピックも見たいしなぁ

でも、行こう

カフェに行こう

歴史的金メダルの瞬間を観るよりも、カフェでの1時間を優先しよう

カフェでの勉強は、明日への投資だから

気付いたんだ  カフェで勉強してる時の自分が

1番自分らしい

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あなたが一番、「自分らしい」と思える時はどんな時ですか?

僕は、自分について内省している時が自分らしいと思えたことがない。

「自分らしくいよう」と思って何かに向かっている時も、逆にぎこちなくなる。

無心に何かに向かっている時が、一番自分らしいと感じる。

ぁあ、でも、観るのを諦めた女子パシュートは金メダルだったのか・・・

観たかったなぁ笑

こんばんは!にっしーです(^O^)/

今日はなんだか寝つきが悪く、深夜3時のブログ更新!笑
休みだったからとはいえ、日中寝すぎたかな(._.)


2/20は、下北沢をぶらぶらしていた。

僕が住む新百合ケ丘と下北沢は、意外と近い。距離的にはけっこう離れているはずなんだけど、小田急線の快速急行に乗ると、なんと一駅で着いてしまう。

ただ、快速急行の新百合ケ丘 ー 下北沢間は一駅とはいえとても長いので、妊婦さんや、電車の中で体調を崩しやすい人は要注意ですよ! 



下北沢は不思議な町だなー、と思う。何故かというと、「下北沢の香り」というものがあるから。

僕だけがそう思うのか、共感してくれる人がいるのか分からないけど、

どこの店に行ってもある程度同じ香りがする。

多分「お香」の香りだと思うんだけど、全ての店が同じ種類のお香をシェアしてるわけじゃないよね? 不思議だ。

今日は、不思議な町下北沢で、1人歩いていた時の心情を、詩にしてみました!



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                         下北沢の香り

                                                  にっしー作

休日に、1人歩く下北沢

下北沢の香りは、古着屋から香る、お香の香り

キラキラしてフワフワした女の子たちが、店の中で「かわいい〜」を連発してる

女子ってなんか、楽しそう

どこか繊細なガラス細工のようで、触れたいけど、触れられない


僕の目的はカフェで勉強すること

休みなんだから、途中オシャレな雑貨屋に寄ってもいいんだけど

今日はあえてスルーした

彼女が出来た時に、その人と来たいと思ったから

「彼女なんかと来たら楽しいだろうな」と思いながらも、1人で楽しむことに慣れていく自分を卒業したいと思ったから


あと一歩踏み出せれば


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今日の詩は、自分的に満足度が高い!笑

割と、自分の「切実な」気持ちを表現できた気がする!

どうですかね?笑
こんばんは!にっしーです(*^^*)

さっき、シャワーを浴びながら、ふとひらめいた。ブログで「詩」を書こうと。

実は僕たち、「今」を生きることしかできない。「過去」にも、「未来」にも、僕たちは物理的な意味で存在することはできない。存在できるのは、「今」だけ。

カメラは、「今」をありのまま記録することができる大発明である。

では、人の心の「今」を記録できるものは何だろうか。そこでひらめいたのが、「詩」である。

心は移ろいゆくものだから、考え方とかも時間の流れとともに変化していく。

でも、「詩」としてその瞬間に感じたことを表現すると、その時の自分の心模様を、まるでカメラのシャッターを押すように記録できるのではないかと考えた。

だから、詩は「心のカメラ」である。

そこで、今日の詩を発表したい。

タイトルは、 「誰か」

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                         「誰か」

                                                    にっしー作


今日も、「誰か」が作った布団で寝る

「誰か」が発明したスマートフォンのアラームで朝起きて

「誰か」が取り付けたシャワーを浴びる

冬の朝の、あたたかいシャワーのありがたさ



家を出て、「誰か」が整備した道路を歩く

「誰か」が運転する電車に乗って、「誰か」が運営する駅に着く

お腹が痛くなって、「誰か」が清掃しているトイレに駆け込んだ

緊急時、トイレの存在は神

そのトイレも、「誰か」が作ったんだよね



僕は歩いている

会社に向かって歩いている

でも、僕が歩いているのは、自分の為

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この詩のテーマは、「仕事」である。

社会人になって、人から必要とされない仕事などないことをやっと知った。

やりたいとかやりたくないに関わらず、どこかで誰かが仕事をしているから、僕は暮らせている。

そして僕も仕事をすることで、give&takeが成立する。

因みに、お金が発生することだけが仕事とも思えない。

例えば、子育てをするお母さんに給料は発生しないけど、その子が生きていくのに必要不可欠なことであるし、社会的に見ても、それは大いに必要とされていること。


僕はまだ「誰か」の役に立っていると「ありありと」実感することはできていない。そんな歯がゆさを詩にしてみた。

もちろん大切なのは今後一人前になれるように努力することなんだけど、あえて「歯痒さを感じている」という等身大の気持ちだけを表現してみた。

上手い下手を意識するのではなく、なるべく等身大の今の気持ちを、バイアスをかけることなくありのままに表現する訓練をしていこうと思います!

詩、面白そうだ!!
<キャンバスの設定>

「将来のヴィジョン」とか、「将来設計」という言葉を良く聞く。僕も、とりあえず現在の25歳から30歳までのヴィジョンを、1年毎に区切って紙に書いてみた。仕事・結婚・音楽・・etc・・
明確に手順を追って考えることで、今自分がすべき事が見えてくるので、とても役に立つと感じた。
  一方で、先が見えないからこそ、次の展開が読めないからこそ、人生は面白いという考え方もある。実際、意図していなかった出会いが、自分の人生の方向性を変えることもある。それもまた、一興なのではないか。
  例えば、絵画を用いた心理療法に「なぐり描き法」というものがある。それは、画用紙に適当になぐり描きし、完成した後でそれが何に見えてくるか観察(=内観)するもの。なぐり描きしている最中は無意図的であるが、後から見てみると、思わぬ発見があったりもする。僕は、人生も「なぐり描き」の要素があった方が豊かになることもあるかもしれないと、ふと思った。
  ただし、「なぐり描き」にしても、最初に選ぶキャンバスの大きさ・形・色・材質などによってその方向性が変わってくる。それが現実生活で言う、職種や学校などのフィールドにあたるのではないか。まだ考えが漠然としているが、僕は将来のヴィジョンを立てる際、あえて細分化して決めることはせず、「どのキャンバスを経由していくか」については注意して考えたいと思った。キャンバスの中でどう筆を動かすかは、その時の自分次第!
<cool japan!>

大学生の夏、音楽仲間と箱根に遊びに行った時の話し。当日は午前11時箱根湯本駅集合であったが、オール明けだった僕は寝坊を恐れ、集合時間の2時間ほど前に箱根湯本駅に着き、温泉で時間を潰そうと考えていた。ただ、あまり歩く気力もなく、なるべく駅近くにある温泉を探していた。すると、あるじゃないか。箱根湯本駅の真裏に、温泉の看板が。僕は真夏の炎天下の中、森の中に続く急な階段を上がっていき、その温泉に辿りついた。入り口付近に、「かっぱ温泉」と書いてあった。建物は古く、そして怪しい。至るところにかっぱの置き物がある。朝、1人でかっぱの置き物に囲まれている自分はなんなんだと、少し笑ってしまったが、とにかくお風呂に入りたかったので、さっさと受付を済ませた。温泉は半露天風呂(外にあるが屋根と柱がある)で、岩風呂だった。そして、僕の他にもう一人、外国の方と思われる男性がすでに入っていた。その男性は、壁を隔てた先にある女風呂に入る彼女らしき人と、にこやかに会話をしている。人がいたことで少し安心した僕は、身体を洗う為にシャワーに向かった。すると、「げっ!」シャワーの真下に毛虫が3匹ほどいた。大の虫嫌いである僕はビビリながらも、シャワーの線を目一杯伸ばし、「へっぴり腰」のような格好になってシャワーを浴びていた。そして、すでに入浴していた外国人男性は、「Wow! cool....」みたいなことを呟きながら、誇らしげに微笑みながら僕を見ている。
  やっとのことでシャワーを浴び終え、僕は岩風呂につかった。すると、今まで風呂につかっていた外国人男性は「次は俺の番だ」みたいな感じで僕にアイコンタクトをとり、シャワーを浴びに行った。
    
その直後・・・

僕は自分の目を疑った。 先ほどの外国人男性が、「へっぴり腰」の格好でシャワーを浴びているではないか。

そして、僕の方を見て、一言はっきりと発音した。

「Cool Japan!」

違うんだ。僕は毛虫を避けていただけで、そのシャワーの浴び方が日本の文化という訳ではない。


僕は想像した。その男性は、これから行くあらゆる日本の温泉で、Cool Japanな格好でシャワーを浴びるのだろうか。

睡眠は大切である。オール明けの時は、脳が疲弊していつもとは違った感覚を味わうことがある。僕の体験は現実であったのか、それともかっぱ温泉のかっぱ達に幻覚を見せられていたのか。それをどう取るかは、あなた次第です。笑
こんばんは、にっしーです!

先日から、日常生活と関係のありそうな5つの心理学用語の解説に挑戦している。

その5つとは、

①集団力動
②セルフ・エクスポージャー
③オペラント条件付け
④認知的不協和理論
⑤自己一致

のこと。

①〜④はすでに投稿しているので、読んでもらえたら嬉しいです!!

今日は記念すべき最終回!⑤の「自己一致」について解説します。

全5回の記事を書いてきた中で、自分自身が心理学の中のどんな分野に興味をもっているのかがわかって来た。

①〜④で紹介した専門用語は、行動主義心理学か社会心理学のどちらかから生まれた専門用語なので、僕は行動主義や社会心理学の、実証を重んじた考え方に賛同しやすい傾向があるのかもしれないな、とブログを書きながら気づくことができた(行動主義も、社会心理学も、理論を作るために「実験」を繰り返してきている)。

しかし、僕が「素敵だな」と思うのは、人間性心理学派の理論。

僕が取り上げた専門用語の中で、今回は異色である。

人間性心理学派から生まれた最も有名な心理療法は、もちろんRogers,C. (ロジャース)の「クライエント中心療法」。

ロジャースは、「カウンセリングの創始者」と言われている人。

電気と言えばエジソン

相対性理論と言えばアインシュタイン

カウンセリングと言えば、ロジャース

である。

行動主義が、実験による科学的な理論を作って来たのに対して、

人間性心理学派のロジャースは、自身のカウンセリングの経験から「カウンセラーが持つべき3つの態度」を提唱した。


その3つが、

①共感的理解
②無条件の肯定的配慮
③自己一致

である。

共感的理解は、クライエントの感情を、「あたかも」自分のことのようにカウンセラーが感じ取ること。

無条件の肯定的配慮とは、「〜ならば受け入れられるが、〜ならば受け入れられない」といったように「条件付き」でクライエントを受容するのではなく、クライエントが経験していることを「あるがままに」受容すること。

自己一致とは、カウンセラー自身が「経験に開かれて」いること。つまり、カウンセラーの「理想自己」と「現実自己」が一致していること。

ロジャースは、上記の3つのカウンセラーの態度が守られていれば、クライエントは自ら人格的成長を果たせると考えた。

専門家側がクライエントを「治す」のではなく、クライエント自身が自らを成長させる力をもともと持っている、ということを強調するために、「クライエント中心療法」と名付けたのである。


なんて素敵なんだ!


ロジャースは、洗練された理論でも、才能に満ちたカウンセラーでもなく、クライエント自身が持つ「成長力」に最大の信頼を置いた。

そして、クライエント自身の力に最大の信頼を置いたカウンセラーが、世界で最も有名なカウンセラーになったとも言える。

さて、今日のテーマは「自己一致」。

自己一致とは、理想自己と現実自己が一致している状態のことを言うらしい。

理想自己とは、「こうありたい」という理想の自分の姿。

現実自己とは、現実の、今の自己像。

そして、理想自己と現実自己の一致度が高いほど、心理的な健康度が高いという。

このロジャースの考え方、自分の生活に当てはめても、すごく共感できる!

僕は人から頼りにされるようなしっかりとした人になりたい!

と理想を描いているのに、

現実はけっこう抜けているところがあって、理想的な自分のイメージとは離れたところにいると感じることがある。

現実の、実際の自己像である現実自己は、しばしば他者から突きつけられる。

あなたって「〜だよね」「〜なところがあるよね」

と他者から言われた時、それが理想自己と一致したものであれば喜んで受け入れられるが、不一致なものだと落ち込んだり、それを言った他者を突き放したくなってしまう。

例えば、僕には大学院の時、元校長先生の同級生がいた。

大学院は色々な年齢の人が通うし、臨床心理学という領域の特性上、会社員や学校の先生を退任後、セカンドキャリアとして心理士を目指す人、主婦でありながら心理士を目指す人など、幅広いバックグラウンドを持つ人が集まる。

僕の場合は、大学院の同級生に元校長先生がいた。

その校長先生から、僕はよく「にっしーくんは不器用だよな〜」

と言われていた。

僕は、自分では人に「僕不器用なんです」と言うくせに、人から言われると腹を立てる、ちょっと面倒くさいところがある笑

その日もその同級生に、「ねぇ、校長先生、あなたはよくそうやって人に、あなたは〜だ。あなたは〜だ。とレッテル貼りをするけど、そういう自分には○をつけられるんですか?」

と言い返した。

そんな感じで、同級生に言い返したことを悪いとは思わないが、

僕は自分が何故「不器用」と言われたのか、「不器用」は本当に悪いことなのか、良く考えることをせずに突き放してしまった。

つまり、自分が望まない「現実自己」を他者から突きつけられて、僕はそれを突き放してしまった。

それでは、現実自己と理想自己は一致していかない。


思えば、その元校長先生は、「君は不器用だよ。でも、俺はそういう奴を応援したくなるんだよな〜」

といつも付け足していた。

ここから先は僕の主観だけど、

「経験に開かれている」

というのは、理想自己と一致しない現実自己に直面した時に、それを全否定も全肯定もせずに、自分なりにさばいていくことだと思う。

人からプライドを傷つけられることを言われた。その全てを受け入れることもないけど、その中の何%かは取り入れて、より成長していこうとする。

そうすることで、少しずつ理想自己と現実自己の一致度をあげていけるのかなぁ・・と。


いやぁ、ロジャースの理論は、行動主義なんかと比べるとずっと非科学的だけど、経験から導き出された理論には身に染みるものがある。




今回の投稿で、専門用語に関する記事はひとまず最後になります。

僕の知識はまだ浅いものだけど、自分の生活と関連させて論じるところがミソだったと思う。

記事に対してコメントをくれたり、投稿をシェアしてくれたり、この記事を読んでくれた方の心の温かさに、ありがとうと言いたいです。

今後も、くだらないことから、真面目なことまで、記事の執筆を続けられたらと思います(^O^)/
こんばんは!にっしーです!


僕は何週間か前から、日常生活と関係のありそうな、5つの心理学用語の解説に挑戦している。

その5つとは、

①集団力動
②セルフ・エクスポージャー
③オペラント条件づけ
④認知的不協和理論
⑤自己一致

のこと。

①〜③はすでに投稿済みなので、読んでもらえたら嬉しいです(*^^*)

今日紹介するのは、④の認知的不協和理論。

認知的不協和理論とは、社会心理学者のFestinger,L.(フェスティンガー)が提唱した、人の思考パターンの特徴についての理論である。

「不協和」と聞いて、僕が真っ先に思い浮かべるのは、音楽の「不協和音」。


不協和音っていうのは、その曲が持つ調性からはみ出た音のこと。つまり、聴いていて「あれ?」と違和感を持つような音の事だよね。

不協和音を聴くと違和感を持つのと同じように、日常生活の中でも認知的な違和感を感じることがある。

例えば、楽しみにしていた遠足が雨で中止になってしまった時。

子どもは、「遠足を楽しみにしていた」のに、「遠足は中止になってしまった」という現実を突きつけられる。

これは、認知的に不協和な状態である。

遠足を楽しみにしている子どもにとって、雨で遠足が中止になってしまったという事実は明らかに不協和である。

そして、フェスティンガーは、こういった認知的な不協和を解消しようとする本能が人には備わっていると考えた。


この子どもが認知的な不協和を解消する為に出来ることは、2つしかない。

1つは、なんとしても遠足を決行させること。

もう1つは、「遠足に行きたい」という認知を変えること。

そして、現実的に考えて、後者のほうが明らかに実現しやすい。



だから、遠足に行きたかったけど行けなかったその子は、

「遠足なんてべつに行きたくないもん。家でゲームしてる方が楽しいや」

と自分の考え方を変える。

これが、認知的不協和理論だと僕は理解している。


僕も、日常生活の中で認知的な不協和を感じることはたくさんある。

・電車に乗り遅れてしまった時
・宝くじが当たらなかった時

など。

例えば、宝くじで外れた時なんかは、「宝くじで億万長者になっても幸せになるとは限らない。自分で稼ぐからこそ意味があるんだ」

ってな具合に自分の認知を操作する。

電車に乗り遅れてしまった時は、「今日くらいは歩いて帰ろうかな。たまには運動も大事だ」

と自分の認知を変える。

でも、元を正せば、宝くじで当選したかったから宝くじを買ったし、電車に乗って早く帰りたかったから、駅に向かっていたはず。

つまり、認知的な不協和に耐えられないから、自分の考え方を変えることで、不協和を協和に持っていっている。



  
 

この認知的不協和理論、まず名前がカッコいい。

音楽の理論を、そのまま人の心にもあてはめられるなんて、素敵だね!

そして、納得できる。たしかに、無意識のうちに、僕も認知的な不協和を感じないようにしている。


「人は都合よく自分の感じ方を変えられる」、と言えばネガティブに聞こえるけど、


「人は心の安定を自分で保つ本能を持っている」

とも言える。

ポジティブシンキングは、身につけるものではなくて、最初から備わっていたんだね!
こんばんは!にっしーです!

前々回のブログから、心理学の専門用語5つを、日常生活と関連づけて解説することに挑戦している。

その5つとは、

①集団力動
②セルフ・エクスポージャー
③オペラント条件づけ
④認知的不協和理論
⑤自己一致

の5つ。

第3回目の今日は、③の「オペラント条件づけ」について解説したい。


そういえばこのブログ、3日坊主が多い僕には珍しく続いている。

実は、その理由すら、説明できてしまう理論が心理学にはある。

それが、今日紹介する「オペラント条件づけ」である。


このオペラント条件づけは、僕が大学、大学院で教わった心理学の理論の中で、最強の理論だと思う。

なぜかというと、オペラント条件づけの考え方をあてはめれば、僕が日常生活で行うほぼ全ての行動を説明できてしまうから。



「行動」というと何を思い浮かべるだろうか。

・歩くこと
・電車に乗ること
・友達と話すこと

これは僕たちがあたりまえに知っている「行動」だと思う。

でも、心理学で言う「行動」は、僕たちが普段使っている「行動」という言葉よりも範囲が広い。心理学では、

「死人にはできない全てのこと」

を「行動」としている。

例えば、

・考えること
・夢を見ること
・睡眠をとること

これも、心理学的には行動である。上の3つとも、死人にはできないことだから。考えている時も、夢を見ている時も、睡眠をとっている時も、脳内では神経細胞が活動している。だから、「行動」である。
もちろん、歩くこととか、電車に乗ることとか、洗濯物を干すことは、心理学的にも「行動」だけどね。



オペラント条件づけという行動の原理を発見したのは、アメリカの有名な心理学者、Skinner, B.F. (スキナー)である。

心理学の理論を作った人って、けっこう心理学者以外の人、とくにお医者さんが多い。とくに有名なのが、かの有名な精神分析の創始者、Freud, S. (フロイト)だと思う。フロイトもお医者さんだった。

そんな中で、オペラント条件づけの原理を発見したスキナーは、正真正銘の心理学者。スキナーは人の行動の原理について研究する学問である「応用行動分析学」の創始者である。

正真正銘の心理学者は、「心」ではなく「行動」を研究していたんだね。




スキナーさん、そんなあなたが、好きな(スキナー)んだ。





スキナーは、人の行動はオペラント条件づけによって「強化」されたり、「消去」されると考えた。

「強化」とは、その行動が起きる頻度が上がること。

「消去」とは、その行動が起きる頻度が下がったり、その行動が起きなくなること。


そして、ある特定の行動の後に、その人にとって「快」である刺激(この事を専門用語で「強化子」という)が与えられると、行動は強化され(つまり、その行動が起きる頻度が上がるということ)、ある特定の行動をしても「快」となる刺激が与えられなくなったり、「不快」な刺激(専門用語では「嫌悪刺激」)が与えられることで、その行動は消去(つまり、その行動が起きる頻度が下がったり、その行動が起きなくなるということ)される。

例えば、

・電車に乗ると、「目的地に早く着く」という好ましい結果が生まれるから、僕はよく電車にのるようになった(強化子出現による行動の強化)。

・最近、ギターを練習してもなかなか上達しにくくなったから、「ギターを練習する」という行動が起きにくくなった(強化子消失による行動の消去)。

・行きつけのラーメン屋にゴキブリが出たから、そのラーメン屋には二度と行かなくなった(嫌悪刺激出現による行動の消去)。

という感じ。

つまり、行動の後に好ましい事が起きればその行動は増え、行動の後に好ましい事がおきなくなったり、むしろ嫌なことが起きると、その行動は減ったり完全になくなったりするということ。

「電車に乗る」とか、「洗濯ものを干す」みたいな高度な行動だけじゃなくって、

「ハイハイする」とか「立ち上がる」みたいな、赤ちゃんがする原始的な行動も、オペラント条件づけで説明できる。

・赤ちゃんは、ハイハイをすることで自分の好きなものを自由に取りに行けるようになったので、その後ハイハイが増えた(強化子出現による行動の強化)。

・赤ちゃんは、立ち上がることでお母さんがどこにいるかを把握できるようになったので、その後立ち上がる行動が増えた(強化子出現による行動の強化)。

という感じ。

そして、僕がブログを続けられている理由も、オペラント条件づけで説明できる。

・ブログを書くことで、自分の考えを整理できた(強化子)から、その後ブログを書く行動が増えた。

・ブログを書くことで、誰かに「いいね」やコメントをもらえた(強化子)から、その後ブログを書く行動が増えた。

・ブログを書くことで、達成感(強化子)を得たから、その後ブログを書く行動が増えた。

とくに、「いいね!」による他者からの承認は強烈な強化子になり得ると、個人的には思っている。

他者からの承認や賞賛のことは、「社会的強化子」と言う。

facebookやtwitterなどのSNSは、この「社会的強化子をとても上手に活用していると思う。


・SNSに投稿すると、色々な人から「いいね!」(社会的強化子)がもらえたので、その後SNSに投稿する行動が増えた。


このオペラント条件づけを徹底的に活用していけば、僕たちはあらゆる行動を獲得していける。

オリンピック選手は、きっと小さい頃からある特定のスポーツを行う中で、オペラント条件づけによるパフォーマンス行動を強化し続けてきたのだと思う。

例えば、

ダイエットしたい人

楽器が上手くなりたい人

タバコをやめたい人

試験に合格したい人

お金を稼ぎたい人

皆、オペラント条件づけを上手に活用すれば、念願が叶うかもしれない。

増やしたい行動の後に、強化子や嫌悪刺激を呈示すればok!

僕は、ギターが上手くなる為に、自分自身にある事を実験してみようと思う。

それは、演奏を毎回録音して、終わったら自分の演奏を聴くこと。

ギターの練習って1人でやることが多いから、練習しても、なかなか強化子を得にくい。

だから、録音すれば毎回微妙な上達具合を意識することができる。

つまり、

・ギターの練習をすると、その後録音した音源を聴いて上達を感じられるから、その後ギターを練習する行動が増える。

となる。

あなたも是非、オペラント条件づけを活用して、自分の増やしたい行動を増やしてみてください!!

こんにちは!! 

日常で使える心理学の知識をお届けしているアート好きの臨床心理士、歌うセラピストです!!

 

このブログでは、「心理学」×「日常」をテーマに、明日から使える情報を掲載しています。

 

また、「心理学ソング」や趣味のイラストも時々載せていくので、楽しく読んでいただけたら幸いです♪

 
 
先日、日常生活に関係ありそう、且つカッコいい心理学の専門用語について記事に書いてみようと思い立った。
 
そして、前回の記事ではとりあえず思いついた専門用語を5つ挙げてみた。
 
それは、
 
①集団力動
②セルフ・エクスポージャー
③オペラント条件づけ
④認知的不協和理論
⑤自己一致
 
の5つ。前回のブログで書いたのは、①の「集団力動」について。
 
コメントをくれた方がいて、とても嬉しかったです(*^^*)
 
今回は、②の「セルフ・エクスポージャー」について思いを巡らせてみたい。
 
 
心理学には色々な学派があるけど、その中で3大学派と言われるのが、精神分析・行動主義・人間性心理学の3つ。
 
 
今回紹介する「セルフ・エクスポージャー」は、行動主義学派から生まれた用語。
 
行動主義学派とは、「人の心を知る為には、人の心を研究対象とすべきではない」と考えた人たちのことだと僕は理解している。
 
なぜなら、心は見えないから。見えないものを研究対象にしても、主観的な「意見」から抜け出すことができない。
 
心理学は科学を目指しているのだから、心ではなく「行動」を研究の対象にしようとしたわけ。
 
「Aさんは優しい人だ」という事を証明したいとする。
 
その根拠として、「Aさんの心はいつも暖かいから」と言っても、そんなのAさんにしか分からないことでしょ?
それは科学ではなくて、「主観」だ。
 
行動主義学派の人々が「Aさんは優しい人だ」ということを証明する為にすることは、きっとただ1つ。
 
「Aさんの親切な」行動を記録すること。
 
Aさんは、1日に〜回、電車でお年寄りに席を譲ってあげた。また、1日に〜回、「ありがとう」と他者に言った。その数は、成人女性1000人が1日に席を譲ったり、ありがとうと言う数の平均を有意に上回っていた。だから、Aさんは優しい。
 
と結論づける。
 
こういう行動主義の考え方について、「なんだか冷たい。人の心は数字では測れないでしょ?」
 
と思う人もいるかもしれない。だから、人間性心理学派は、行動主義を批判する形で広まった。
 
でも僕は、主観ではなく、データで人の心を解明しようとする行動主義の姿勢に人間理解への「誠実さ」を感じた。
 
それに、人を感動させる音楽だって、突き詰めて考えていくと数字の世界に通じるでしょ?
データと芸術も、相容れないものではない気がする。
 
 
そんな行動主義学派から派生していった心理療法の1つに、「認知行動療法」がある。
 
実際、この認知行動療法は、多くの心理的な問題、例えば、「うつ病」「不安障害」「強迫性障害」「パニック障害」の治療に貢献している。
 
今日紹介する「セルフ・エクスポージャー」は、認知行動療法の中で用いられる技法の1つ。
 
実際は「セルフ・エクスポージャー」ではなく、単に「エクスポージャー」と言うことの方が多いと思う。教科書にも、単に「エクスポージャー」と書いてあった。専門家を通さなくても、自分自身でも出来る、ということを強調するために、僕はあえて「セルフ・エクスポージャー」と記載した。
 
「エクスポージャー」を和訳すると、「暴露」あるいは「暴露療法」になる。
 
何を何に暴露するのか。
 
決して、公衆で裸を暴露するわけじゃないよ。笑
 
 
「自分を、不安を感じる状況に暴露する」
 
これがエクスポージャー(暴露療法)だと、僕は理解している。
 
例えば、
 
人前でスピーチすることに不安を感じる人は、人前に自分を暴露する。
 
潔癖性で少しでも汚ないものを触れない人は、汚ないものに自分を暴露する(つまり、汚ないものを触ってみる)。
 
すると、人間には「不安を感じ続けることができない」という原則があるから、不安を感じる状況に自分をさらし続ければ、徐々に不安が消えていく。
 
上記の事が生活と全く関係ないことであれば、そもそも治療をする必要はない。
 
でも、学校の発表会が嫌で嫌で仕方なくて不登校になってしまったり、不潔への恐怖心が強すぎて、外出することすらままならなくなるようであれば、治療の必要性がありそうでしょ?
 
それくらいのレベルまで悩んでいる場合は専門家に相談する必要があるから、「セルフ・エクスポージャー」とは言わずに、精神科や心療内科を訪問してみるのも1つだと思う。
 
 
今日僕が考えたいのは、自分で克服することができるレベルの不安への対処について。
 
例えば、
 
・恥ずかしがり屋で、人の目を見て話せない。
 
・異性と話すのがちょっと緊張する。
 
・怖くて夜、1人で電気を消して寝れない。
 
など。
 
これらは、「セルフ・エクスポージャー」でも何とかなるかもしれない。
 
僕が思う大事なことは、少しずつ暴露すること。
 
「怖くて夜、1人で電気を消して寝れない」
 
であれば、こんな感じで段階分けする。
 
①電気を消して、「何人かで」寝る。
②電気を点けて、「1人で」寝る。
③電気を消し、テレビを点けて、1人で寝る。
④電気を消し、スタンドを点けて、1人で寝る。
⑤電気を消し、豆電球を点けて、1人で寝る。
⑥部屋を真っ暗にして、音楽をかけて1人で寝る。
⑦部屋を真っ暗にして、1人で寝る。
 
僕は子どもの頃おばけが怖くて、布団にくるまって恐怖に怯えていたことがあった。でも、ある日気づいた。布団から両手両足を出して、大の字になって寝ると、かえって恐怖がおさまることに。
 
また、ジェットコースターに乗る時にうずくまるような姿勢で乗るとかえって恐怖心が増すのに、両手を挙げて乗ると、逆に怖くなくなる。
 
そんな感じの経験、ないですか?
 
それも今思えば、エクスポージャーの原理だったように思える。
 
 
 
今日はとても長くなってしまった>_<
 
でも、これを読んで、何かの参考にしてくれる人がいたら嬉しいです(^O^)/
こんばんは!にっしーです(*^^*)

粉〜♪雪〜♪ が降ってましたね!

今日は、心理学の専門用語について話したいと思います!

心理学の教科書を見るとたくさん専門用語が載っている。僕が知ってる専門用語なんて、教科書に載ってることを暗記しただけにすぎないんだけど、

教科書の知識を生活に当てはめて論じることで、そこに価値が生まれるのではないかと、さっきドライヤーで髪を乾かしながらふと思った☆

とりあえず、日常生活と関係ありそうな専門用語で、なおかつ響きがカッコいい専門用語を5つ挙げたいと思う。


①集団力動
②セルフ・エクスポージャー
③オペラント条件づけ
④認知的不協和理論
⑤自己一致

今日は、①の「集団力動(しゅうだんりきどう)」と「生活」をテーマに思いを巡らせたい。

心理学には色々な分野があるけど、人と人との関係性の中で起きる現象について研究してきた分野のことを「社会心理学」というらしい。

「集団力動」は、社会心理学の中で出てくる専門用語。「社会」は、僕たちが義務教育中に学校で勉強した「社会科」の社会とは若干ニュアンスが異なる気がする。

心理学で言う「社会」は、人が3人集まっただけでも成立する。


例えば、

「友達3人でランチに行った。Aくんは本当は和食を食べたかったけど、BくんとCくんがイタリアンを食べたいと言っていたので、Aくんもイタリアンを食べたいと言った」

こういう状況を見て、きっと社会心理学者は「ぉお〜、集団力動が働いているね〜」と言うかもしれない。

つまり、集団が個人の行動に影響を与えることを、「集団力動」と言うんじゃないかな。


集団そのものが持つ心理的な力。


僕は、仕事で退勤時刻を過ぎているのに、なかなか家に帰れない時がある。なぜかと言うと、他の職員多数がまだ仕事をしているから。

なんとなく、「先に帰りにくいな〜」となる。

はい、これ、集団力動です。

集団が、個人に影響を与えているでしょ?

実は、職員それぞれが「自分だけ先に帰りにくいな〜」と思って帰れないでいたりして。笑


もう一つエピソードがある。

この前、カフェでゆっくりしてたら、斜め後ろの席の人がコーヒーカップを床に落としてしまった。

カップが割れて、破片が飛び散っている。定員さんも近くにいない。

最初は、誰もその人に手をさしのべなかった。その状況を何人もの人が見ていたのに、誰も立ち上がりはしない。

その10秒後、しびれを切らした1人の成人男性が立ち上がった。

その途端、、


なんと、一気に3人くらいの人が立ち上がって破片を拾う手伝いをはじめた。

これは・・・完全に集団力動でしょ。

仮に、カフェに居合わせたのが最初から2人だけで、しかもその2人の座る位置が近かったらと想像してみてほしい。

片方の人がカップを落として困っていたら、もう片方の人は、「大丈夫ですか?」と躊躇なく声をかけることができるでしょ?


これぞ、集団が個人に与える、心理的な力。


集団は、時に人の援助行動まで阻止してしまうんだね。



集団力動が、悲しい形で発揮されてしまったパターンの代表格があると思う。


それは、いじめ。

クラスの中でいじめられている子がいるとする。誰もその子に手をさしのべないのは、クラス全員がその子の事を嫌いだからではない。

悲しいことに、そういうベクトルに集団力動が働いてしまっているからなんだよね。



心理学の目的は、人の心を操ることじゃない。

硬い言い方をすると、「行動の予測と制御」が心理学の目的。

「いじめはいけません!!」

と主張するだけじゃなくて、どんな状況で「負の集団力動」が働いて、どのようにその状況に働きかければ、「正の集団力動」にベクトルを変えられるのか、実証をもとに分析していく心の科学。

いや、「心の科学」なんてカッコいい言い方をしているから、かえって分かりにくくなる。「行動の科学」だね。

これからの時代、必要な学問だと思う。


今日は、とりあえず挙げた5つの心理学用語のうちの一つ、「集団力動」について思いを巡らせた。

後半は、少し重い話しになってしまったかな〜。


次の記事では、②のセルフ・エクスポージャーについて綴りたいと思います(*^^*)

ここまで読んでくれた方、ありがとうございましたm(_ _)m